2018年2月22日木曜日

ザ・キング


2017年/韓国

監督:ハン・ジェリム
脚本:ハン・ジェリム
出演:チョ・インソン、チョン・ウソン、ぺ・ソンウ、リュ・ジュンヨル
配給:ツイン
上映時間:134分
公開:2018年3月10日(土)、シネマート新宿、シネマート心斎橋ほか全国順次ロードショー

●ストーリー 

 木浦に暮らす喧嘩好きの貧しい青年パク・テス(チョ・インソン)は、暴力ではなく権力で悪を制する検事に憧れ、猛勉強の末に検事となる。新人検事として地方都市で多忙な日々を送っていたが、ある事件をきっかけに部長検事ハン・ガンシク(チョン・ウソン)と出会い、人生が激変していく。他人を踏み台にし政治を利用してのし上がり「1%の成功者」となったガンシク。正義の仮面の下に隠された正体を知ったテスもまた、次第に悪の魅力に染まっていく。
 だが、制裁の刃はすぐそこに迫っていた・・。

●レビュー 

 冒頭、車の中で3人の検事が訝しげな会話をしている。その車が激しい衝突事故に見舞われる中で、検事のうち一人、パク・テス(チョ・インソン)が自らを回想する独白から物語が始まる。独白で語られる理由はのちにわかるが、前半は、木浦で暮らす貧しく素行も不良だったテスの成功物語。検事の持つ「力」を目の当たりしたのをきっかけに猛勉強の末、名門大に合格。運も味方してあれよあれよという間に新人検事になり、地方都市で仕事に邁進する姿が、韓国の80年代の激動を背景に現代史とともにコメディタッチで語られる。

 中盤、ある事件の揉み消しをきっかけに、政治や金、暴力団を利用して成り上がった部長検事ガンシクと出会い、テス自身も悪の道に染まっていく。権力に擦り寄り、裏社会とも繋がって出世してきたガンシクと戸惑いながらもプライドを捨てて追随するテスを、二人のイケメン俳優が、それぞれに持ち味を出し演じていて面白い。そして、監察部が彼らの悪徳行為を嗅ぎつけ、権力争いと私情にまみれた抗争が、二転三転しながらテンポよく進んでいく。

 注目したいのは、検察が出世と保身のために動き出す大統領選だ。劇中、実写を盛り込んだ歴代の大統領の姿が写し出され、実際の事件と物語を上手く絡めてリアル感を増している。歴代の大統領の汚職が次々と明らかになる韓国。パク・クネ元大統領の事件も耳に新しい。悪徳検事をめぐるクライムノワール映画という以上の、韓国に政治や社会に対する監督の痛烈な批判。それを語る脚本が秀逸で見事だと思う。社会の不条理は弱者の目線で描かれることが多いが、権力者の浮沈を全面に押し出すことで、世の中の生活者こそが真の「王」であって、本当の正義とは何かを教えられる。

 青年時代から、人生の起伏をに絶妙に演じたチョ・インソンは、嬉しい8年ぶりの映画出演。若手のリュ・ジュンヨルが、テスとの友情を紡ぎ本作の鍵となる暴力団のドゥイル役をキラリと光らせる好演。そして、男たちの抗争に楔を打つ、監察部の女性検事役のアン・ヒヨン役のキム・ソジン。彼女の静かな情熱を持った好演が際立っていて、この物語の勘所となっている。隣国の近代史と社会のあり様を知る作品として観たいと思う。★★★☆)加賀美まき



2018年2月8日木曜日

ゴーギャン タヒチ、楽園への旅


傑作群を生んだ、画家ゴーギャンのタヒチ時代を描く


2017年/フランス

監督:エドゥアルド・デルック
出演:ヴァンサン・カッセル、ツイー・アダムズ、マリック・ジディ
配給:プレシディオ
公開:127日よりBunkamura ル・シネマ他にて公開中

1891年のパリ、都会暮らしにゴーギャンは絶望し、まだ見ぬタヒチ行きを仲間たちに説く。
しかし同意するものは誰もおらず、また妻子もついていかず、
ゴーギャンはひとりタヒチへと旅立った。
タヒチでもパペーテの町は彼が望むような場所ではなく、
ゴーギャンはさらに奥地へと向かう。
そこで彼は村の娘テハアマナを見初め、妻に。
テハアマナはゴーギャンのミューズとなり、ゴーギャンの創作意欲を湧き立たせ、
後に知られる多くの傑作を生み出すが、幸せは長くは続かず、
テハアマナも文明に毒されていった。 

 映画で触れられていないが、物語が始まるのは
かつてゴーギャンが共同生活をしたこともある、ゴッホが亡くなった翌年。
ゴーギャンは、生涯に二度タヒチに滞在しているが、
本作はその第一回目となる1891-1893年の旅を描いたものだ。 

今でこそ、私たちは後にゴーギャンが評価されたことを知っているが、
当時はほぼ無名で、たまに絵が売れるくらい。
パトロンもいないから、日雇い労働でもしなければ、
とてもではないが生活を維持することはできなかった。
タヒチに渡ってもそれは同じで、絵の具を買うお金にも困っている様子が描かれている。

芸術を追い求めるゴーギャンにとって、タヒチは楽園でもあり、
また生活を考えると、貧乏という点ではパリと変わらなかった。
いくら文明を拒否しても、文明がなければゴーギャンが生きていけないという矛盾。
木彫りを村の青年に教えるゴーギャンだが、そうすると青年は観光客が買いそうな同じものばかり作るようになる。
それを怒るゴーギャンだが、日銭を稼ぐために木彫りを道端で売る彼自身とどう違うのだろう。
もちろん彼の絵画は一級の芸術品だが、それとて誰にも売れなければ、
誰にも評価されていないということにもなる。

タヒチの海が楽園というより、ゴーギャンの逃避の場としてしか見えないのは、
映画を見ながら、アートと生活という、芸術家には大昔からついて回った問題が、
妙に生々しく見えてしまったからかもしれない。
サマセット・モームの『月と六ペンス』をまた読みたくなった。

映画自体が面白いかというと、それほどでもなく、
ヴァンサン・カッセルの熱演はわかるのだが、
映画のゴーギャン自体に魅力を感じられなかったのが残念。
★★☆