2017年1月27日金曜日

海は燃えている イタリア最南端の小さな島

イタリア最南端に位置するランペドゥーサ島。地中海を渡ってくる難民の玄関口になっているその島の現実と島民の生活を捉えたドキュメンタリー。

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FUOCOAMMARE

2016年/イタリア、フランス

監督:ジャンフランコ・ロージ
配給:ビターズ・エンド
上映時間:114分
公開:2017年2月11日(土)、Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開

●ストーリー

 イタリア最南端の島、ランペドゥーサ島。12歳の少年サムエレは手作りのパチンコで友だちと遊び、漁師たちはいつものように海に出る。刺繍に励む老女がいて、地元ラジオDJが島民からのリクエスト曲を流す‥島の人々は平穏な毎日を生きている。
 しかし、この島にはもう一つの顔がある。アフリカや中東から命がけで地中海を渡る難民・移民たちの玄関口になっているのだ。島には巨大な無線施設があり、港には多くの救助艇が停泊している。ひとたび救難要請が出れば、海は無線が飛び交い、ヘリコプターが出動し緊迫した様相を見せる‥。 

●レヴュー

 イタリア最南端のランペドゥーサ島は、シチリア島から南西に220キロ、チュニジアの海岸からは113キロの位置にある。船が浮いて見える絶景で知られる美しい海に囲まれた、人口5500人の小さな島だが、そこは、年間5万人を超える難民が押し寄せてくる場所でもある。ジャンフランコ・ロージ監督は、実際にこの島に移り住み、TVやニュースの報道では見えてこない島の真の姿を伝えてくれる。

 難民が何万と押し寄せ、混乱する島、そんな連想していたにもかかわらず、映し出される島民の日常はごく平穏なものであることに驚かされる。世界でも大きく報道された、2013年の密航船の火災・転覆事故の後、難民は海上で救出されると古い港に上陸し、抑留センターに送られ、身分確認で振り分けられるようになる。難民は隔絶され、島民と交わることがなくなったのだ。島民の平らかな日々の暮らしは、無邪気な少年サムエルを通して映し出され、一方、隔絶された難民センターの内部、難民たちの姿や声から過酷な現状が伝わってくる。
 監督が映し出す島のふたつの世界。それは、平穏に暮らす人々のすぐそばに、普通の生活を送ることすらできない人々の現実があることを教えてくれている。そして、国の平和やありふれた日常を送れることがどれだけ尊いことなのか、私たちは想像することができるだろう。事情は異なるが、難民の受け入れを極端に少ない日本ではなおのことだ。

 そしてこの作品のもう一つの視点となるのが、島民と難民を繋ぐ唯一の人物で、島でたった一人のバルトロ医師。長年、島民の健康を診てきたと同時に、30年間、救助された移民・難民の上陸全てに立ち会い、検死の役割も担ってきた。難民問題は大きな国際問題なのだが、人道救護の現場は彼のような人々によって支えている。最後に映し出される救助の様子は壮絶で胸を突かれる。★★★☆)加賀美まき

第66回ベルリン国際映画祭 金熊症<グランプリ>

第89回アカデミー賞 外国語映画賞 イタリア代表

2017年1月25日水曜日

旅シネ執筆者が選ぶ 2016年度ベスト10(前原利行、カネコマサアキ、加賀美まき)


前原利行(旅行・映画ライター)

2016年に観た映画は、スクリーン、DVD、新作、旧作合わせて146本。2015年が234本なのでかなり減ったが、作品的にはいいものが多く、とくに邦画の充実ぶりは追いきれなかったほどで、僕にしては珍しく4本、そしてアニメは3本入っている。
昨年はアメリカ映画が10本中8本だったが、今回は3本に減ってしまったが、レベルは高かったと思う。

1.サウルの息子(ネメシュ・ラースロー監督/ハンガリー)

 もう映画を見ている間、試写室の中がアウシュビッツのように感じられて辛かった。もう二度と見たくないと思ったが、映画館に高校生の息子を連れて行った。こんな世界が二度と来て欲しくないと彼にも思って欲しかった。今どきないスタンダードサイズの画面の、気づかなかった表現方法。文句なしにすばらしい。

2.キャロル(トッド・ヘインズ監督/アメリカ、イギリス)

 1950年代のレズビアンの話のどこが今日的か。ところが、彼女たちの気持ちは現在の男でもよくわかる。どこをとっても映画的な(小説ともテレビとも違う)濃厚な時間が味わえる作品。

3.ズートピア(リッチ・ムーア、バイロン・ハワード、ジャレド・ブッシュ共同監督/アメリカ)

 ノーマークだったが評判がいいので劇場に行ったら、クオリティの高さに驚いた。脚本には無駄なシーンばかりでなく、無駄な台詞もない。つまり、すべてが意味あってセリフが配置されているすばらしさ。「偏見」をテーマにし、ステロタイプの見方をしていた自分の中の偏見が途中で見事に覆される。すみませんでした。

4.シン・ゴジラ(庵野秀明、樋口真嗣監督/日本)
 映画を観出してもう途中から面白くて面白くて。ゴジラの東京破壊シーンは、SFの破壊シーンで久しぶりに呆然としてしまった。「ポスト3.11映画」としてもすばらしい。

5.AMY エイミー(アシフ・カパディア監督/イギリス、アメリカ)
 もう、映画を観ていて、「何とかならなかったのか〜」という気持ちでいっぱいになる。悪い大人が子どもをダメにする。生きていりゃ、この先いいこともあったかもしれないのにと。すぐCD買った。

6.ヒメアノ〜ル(吉田恵輔監督/日本)
 映画中盤のタイトルの出方、絶品。映画を観ていてものすごーく、嫌〜な気持ちになった。最初はあんなホノボノだったのに、森田演じる森田くんの底知れぬ闇の深さ。V6とか知らなかったので、完全にこういう人だと思って見てしまった(くらいうまい)。

7.ザ・ウォーク(ロバート・ゼメキス監督/アメリカ)

 ラストシーンで、なぜこの映画が“いま”なのか納得する。世界は変わってしまったのだ。あと、初めてひざがガクガクした3D映画。3Dの奥行き感をこれほどうまく出して映画はないのでは。日本でヒットせずに残念。

8.みかんの丘(ザザ・ウルシャゼ監督/エストニア、ジョージア)

 アブハジアに住むエストニア人の老人、グルジア人、チェチェン人らが登場し、戦争の無意味さを説教臭くなく、寓話とリアルを交えて語る。手塚治虫の短編漫画を読んでいるようなヒューマニズムにグッときた。

9.この世界の片隅に(片渕須直監督/日本)
10.君の名は。(新海誠監督/日本)

 世の中、この2本が比べられて、『この世界の片隅に』を褒めるのがツウ、『君の名は。』はヒットしたからダサい的な、書き込みが目につくが、僕はどちらもいい作品だと思う。それに目指しているものも、表現の仕方も違うんだし、両映画の製作に関わった人たちは、困惑しているのではないか。どちらもいいので、どちらも見ればいいと思う(『君の名は。』は作劇的に突っ込みたいところはあるが、大きな欠点にはなっていない)。

ベストテンには漏れたけれど、
作り手の意気込みが伝わってきて好きな他の作品は以下の通り。
『レヴェナント蘇えりし者』、『キャプテン・アメリカ/シビル・ウォー』、『ハドソン川の奇跡』、『マジカル・ガール』、『スティーブ・ジョブズ』
 で、逆に、「手を抜かないでもっとちゃんと作れよ!」と思った志が低いワースト作品は『ミュータントニンジャタートルズ影』、『ペット』、『スノーホワイト』、『X-MENアポカリプス』、『ジェイソン・ボーン』。つまんないというより、舐めるなって感じ。  



■カネコマサアキ(マンガ家、イラストレーター)

.痛ましき謎への子守唄(ラヴ・ディアス監督/フィリピン)
フィリピン建国の呪われた歴史を8時間超(!)という長尺で描くベルリン銀熊賞受賞作品。ホセ・リサール処刑後の独立革命派の権力闘争をリサールが著した小説の登場人物たちと交錯させるという試み。モノクロ映像、哀愁あるギターの音色、リサール辞世の詩を朗読するシーンが感動的だ。東京国際映画祭にて。ヴェネチア金獅子賞を獲った『The woman who left』が今年劇場公開予定。

.シン・ゴジラ(庵野秀明監督/日本)
あのゴジラが311〜原発事故のパロディになっていて、ぶったまげた。岡本喜八へのオマージュあったり、ゴジラがポケモンみたいに進化したり…。その重層性、批評性、徹底的な取材による作り込みにも驚かされた。岡本喜八も、大島渚もこれ観たら嫉妬するだろう。


.彼方から(ロレンソ・ビガス監督/ベネズエラ)
父親の愛情を受けられずトラウマを抱えた歯科技工士の中年男と不良少年が売買春で出会い、不器用に付き合って行く様子をベネズエラ・カラカスの街の喧騒の中に描く。愛し愛されることの躊躇いや屈折した愛情表現が何ともリアル。また、被写体深度の浅い画像が独特で“窃視”の感覚がグロテスクに伝わってくる。ヴェネツィア金獅子賞も納得。レインボー・リール映画祭にて。

4.光の墓(アピチャッポン・ウィラーセタクン監督/タイ)

5.ミスター・ノー・プロブレム(梅峰メイ・フォン監督/中国)
民国時代の重慶で農場管理を任される男は、地主と労働者のどちらにもいい顔をするため、経営は火の車。そこへ高等遊民の青年、新たな管理主任が訪れ改革をしようとするが…。過去を描いているが、現在の中国を見事に風刺しているところに文学的力量を感じる。モノクロの映像も素晴しかった。東京国際映画祭審査員特別賞。

6.彷徨える河(シーロ・ゲーラ監督/コロンビア)
同時期に五十嵐大介の漫画『海獣の子供』を読んだせいもあって、メッセージが心に響いた。先住民含め人類がかつて持っていた自然や宇宙に対しての知識がどれくらい失われてしまったのか案ずる。


7.ティクン〜世界の修復(アヴィシャイ・シヴァン監督/イスラエル)
真面目なユダヤ超正統派の神学生の青年が、ある日昏睡状態となり、人が変わったように夜の街を徘徊する。超正統派の生活を揶揄するようなアイロニーに満ちた作品だが、性に目覚めた青年の青春モノとしてみると結構切ないものがある。こちらも全編モノクロ映像で、特に霧のシーンの描写が素晴しかった。フィルメックス・イスラエル映画特集にて。

8. よみがえりの樹(張撼依チャン・ハンイ監督/中国)
陜西省の山間部。父と息子が林で薪を拾っていると、亡き妻の魂が息子に乗り移る。かつて住んでいた家(窰洞)の敷地に立つ結婚記念の樹を移植したいと彼女は願う。家族と土地の記憶を巡る切ない怪異譚。アピチャポン映画に肉薄しそうな内容で、画も映画技法も凝っていた。

9. 12人姉妹(リー・ブン・イム監督/カンボジア 1968年作)
戦火で失われたと思われていた作品だが、アメリカでタイ語版が発見され日本で修復された。カラフルで奇想天外な貴種流離譚に心酔する。地割れとか空駆ける馬とか情感ある特殊撮影も見事。恵比寿映像祭にて。
.
10. 大親父と、小親父と、その他の話(ファン・ダン・ジー監督/ベトナム)
写真学科の学生がクラブを経営する男とダンサーの女とつるんでいるが…。ほろ苦い青春モノかと思いきや、かなりアート志向で独特。ジェンダー、市場経済、人口制御のための精管切除など、社会の葛藤が94年のサイゴンを舞台に語られる。ベトナムのニュー・ウェイブもいい塩梅だ。大阪アジアン映画祭にて。


次点(入れ替え可能作品)
マンダレーへの道(ミディ・ジー監督/ミャンマー)
見習い(ブー・ジュンフェン監督/シンガポール)
裸足の季節(ドゥニズ・ガムゼ・エルグヴァン監督/トルコ)
暗殺(チェ・ドンフン/韓国)
師父(徐浩峰シュウ・ハイホン監督/中国)
最愛の子(ピーター・チャン監督/香港・中国)
山河ノスタルジー(賈樟柯ジャ・ジャンクー監督/中国)
ラサへの歩き方(張楊監督/中国・チベット)
ディーパンの闘い(ジャック・オーディアール監督/フランス・スリランカ)
ふきげんな過去(前田司郎監督/日本)
ヤクザと憲法(土方宏司監督/日本)
キャロル(トッド・ヘインズ監督/アメリカ)

去年は大阪アジアン映画祭、オリヴェイラ監督追悼特集、キアロスタミ監督追悼特集、東京国際映画祭、フィルメックスなどに通ったが、けっこうな数の邦画・ハリウッド系の話題作を観そびれてしまった。それでも日本映画が息を吹き返し、何か地殻変動が起きていることは伝わってくる。また、拙ベスト10のうちの4本がモノクロ映画で、その味わい深さも再認識した年だった。次点を12本も書いてしまったが、どれも入れ替え可能で、本当に甲乙つけがたい作品ばかり。(というか、こちらが表向きベスト10と言うべきか?)劇場公開されない(される予定がない)映画にも素晴しい映画があり、その存在を知らしむべく、いつものポリシーで書かせていただいた。


◾︎加賀美まき(造形エデュケーター) 
2016年の韓国映画はも昨年同様、残念ながら以前のような勢いを感じることができませんでした。その中では、ソン・ガンホ主演の「弁護人」がダントツで見応えがありました。ベスト5を選び、他 2作品は順不同です。

●韓国映画

1.「弁護人」 (ヤン・ウソク監督/韓国)
 実力派俳優ソン・ガンホ主演。ノ・ムヒョン元大統領をモデルに、地方の青年弁護士が冤罪事件の解決 に奔走し、人権派の弁護士として成長していく姿を描く。軍事政権下の1980年代当時の韓国の社会状況を知る作品。ソン・ガンホの上手さが光り、「未生」のイム・シワン、脇役のクァク・ドウォンも好演。

2.「暗殺」(チェ・ドンフン監督/韓国)
 日本統治下の韓国が舞台の本国大ヒット作品。親日派暗殺計画に様々な人物が絡み、目の離せない展開が続く。チョン・ジヒョン、イ・ジョンジェ、ハ・ジョンウ共演。日韓の歴史を知る機会になる作品。

3.「インサイダーズ 内部者たち」(ウ・ミンホ監督/韓国)
 イ・ビョンホン主演。チョ・スンウ、ペク・ユンシク共演で、腐敗した巨大権力をめぐる3人の男たちが仕掛け合、欲望渦まくサスペンスアクション。韓国映画のエグさが際立つ一作。

4.「あなた、その川を渡らないで」(チン・モヨン監督/韓国)
 韓国でもヒットしたドキュメンタリー作品。結婚76年目の老夫婦のささやか生活と、お互いを労わり愛情を分かち合う姿を描く秀作。海外の映画祭で多くの賞を受賞。

5.「華麗なるリベンジ」(イ・イルヒョン監督/韓国)
 無実の罪で収監された検事とイケメン詐欺師が手を組むというリベンジもの。ここ数年波に乗るファン・ジョンミンと今や中堅となったカン・ドンウォンのW主演で、二人の持ち味が生きたエンタメ作品。

●その他 順不同
・「プリースト 悪魔を葬る者」(チャン・ジェヒョン監督/韓国)
 悪魔払いを描いたオカルトサスペンス作品。キム・ユンソク、カン・ドンウォン共演。
・「ビューティー・インサイド」(ペク監督/韓国)
 目覚めるたびに老若男女に姿が変わる男性が主人公。斬新な設定のラブストーリー。

●韓国映画以外で印象深かった作品
彷徨える河(シーロ・ゲーラ監督/コロンビア、ベネズエラ、アルゼンチン)
最愛の子(ピーター・チャン監督/中国、香港)
クワイ河に虹をかけた男(満田康弘監督/日本)

太陽の下で —真実の北朝鮮—

Under the Sun

2015年

人間が全体のパーツのひとつとして生きるはどういうことか?


監督:ヴィタリー・マンスキー
出演:リ・ジンミ
配給:ハーク
公開:121日よりシネマート新宿にて公開中
公式HPtaiyono-shitade.com
レビュー
すでに私たちは、ニュース映像や断片的な情報で、
北朝鮮が前時代的な全体国家であることを知っている。
ただし、映像は基本的には国営放送が流すものなので、
管理されていない北朝鮮の姿を見ることはできない。
ではこのドキュメンタリーはどうなのか。

ロシアのドキュメンタリー作家であるマンスキー監督は、
2年にわたる交渉の結果、ようやく「北朝鮮に住む庶民の日常風景に密着取材する」許可 
をとる。
ドキュメンタリーの主役となるのは、
少年団にいる8才の少女ジンミ
金日成の誕生祭である「太陽節」で披露する踊りの練習に余念がない、
そんな姿を映し出すはずだった。
ところが、現地に着いてみるとシナリオができていて、
  北朝鮮側の監督OKを出すまで、ジンミや両親、
カメラに映る人々は何度でも演技のやり直しをさせられる。
カメラに映る会話は、すべてセリフがあり、
演出されたものだった。
しかも撮影されたテープは、すべてその日のうちに検閲を受ける。
そこでマンスキー監督は隠し撮りを決行する。
リハーサルや休憩時間の段階から録画スイッチを押したカメラを放置し、
映像を密かに持ち出していたのだ。
こうしてできあがったのが、このドキュメンタリーだ。

撮影が始まり、北朝鮮に渡ったマンスキー監督がまず驚いたのは、
ジンミの両親の職業が変えられていたこと。
北朝鮮では職業選択の自由はなく、全員公務員のようなものだから、
映画に合わせてその間に変えられていたのだ。
そしてジンミ一家が住む住宅には、生活感がない。
どうやら、本当は別のところに家があり、
そこから通っているのがアリアリなのだ。
ケガをした友達をみんなで見舞いに行くシーンを
何度もやり直すところがあり、  
「北朝鮮ではこれがドキュメンタリーなのか」と驚くだろう。
また、授業風景では思想統一のために何を教えているかもわかり、
まるでディストピアSF映画だ。

ラスト、ジンミちゃんに自分の言葉で話すように監督が問いかけると、
意表を突かれて困ってしまうジンミちゃん。  
ジンミちゃんが考えて出す言葉が、悲しくも恐ろしい
 
言いたいことも言えないし、やりたいこともできずに
一生を終えていく人生。 全体の中のパーツとしてしか人生を過ごせない、
それはまるでアリの一生だ。
そこには自分の意思というものがない
そして監視されている人たちだけでなく、
監視している者もまた誰かに監視されていている。

でもねえ、これを「かわいそうな人達」とひと事だと
思って見るのは、まちがいだ。
このディストピアは今もこの瞬間に存在するし、
その世界と私たちの世界は無縁ではない。
そして私たちの世界も、条件さえ揃えば、
すぐにこんな世界に変わることもあるだろう。
日本にだって、本人はまったく意識していないが
「服従」に居心地良さを感じている人たちがいる。
受け売りだけで、自分の言葉で語っていない人たちも。
私たちの世界が、50年後にこうなっていないとは限らないのだ。
★★★前原利行)
 
映画の背景

・監督は両親が生きたスターリン時代のソ連がどうだったか、また自分が若かった頃のソ連も知っているので、それが今も続いている北朝鮮に興味を持ったという。

・気になるのは、この映画を北朝鮮政府はどうみているのかということだが、プレスによればやはりロシア政府に上映中止を要求したとのこと。それにより、ロシア政府も公の映画館では上映禁止にし、この映画を非難した。監督は、現在ロシアを離れてラトビアに住んでいるという。

・映画を見たら、その後のジンミちゃんも気になるが、公式のアナウンスメントはない。

2017年1月24日火曜日

カラフル!インドネシア2

 ■東京国際映画祭「CROSSCUT ASIA」提携企画

「カラフル!インドネシア2」





昨年の第29回東京国際映画祭で好評だった特集「CROSSCUT ASIA #3 カラフル!インドネシア」の第2弾が、明日1月25日(水)から28日(土)まで、アテネ・フランセ文化センターで開催される。

デジタル修復されたインドネシア映画の巨匠ウスマル・イスマイル監督の『三人姉妹』(1956)を筆頭に、スハルト政権崩壊後の10年目を期に製作された『9808〜インドネシア民主化10年目のアンソロジー』('08 日本初上映)、ジョコ・アンワル監督のサイコホラー『禁断の扉』('09)、折り合わない夫婦の姿を描くエディ・チャフヨノ監督の『SITI』('14)、ギター・ポップバンドのステージを追ったドキュメンタリー『White Shoes & The Couple Company in Chikini』('16 日本初上映) 、カミラ・アンディニ監督ら5人の短編を集めた『インドネシア短編傑作選』など、旧作から最新作まで充実の6プログラムがラインナップされている。



28日にはエディ・チャフヨノ監督とプロデューサーのメイスク・タウリシア氏を招いたシンポジウム(入場無料)も予定されている。近年、経済成長とともに製作本数を増やし、リリ・リザ監督やエドウィン監督などが世界的な評価を受ける一方で、若手監督の台頭めざましいインドネシア。日本でもアンガ・ドゥイマス・サンソコ監督『珈琲哲学〜恋と人生の味わい方』(仮題)などの娯楽作も劇場公開が予定されており、その動向から目が離せないインドネシア映画の豊穣と現在進行形を知るまたとないチャンスだ。

『カラフル!インドネシア2』
日時:1月25日(水)〜28日(土)
場所:アテネ・フランセ文化センター(御茶の水)
料金:一般=1300円 学生/シニア=1100円 
   3回券(一般・学生・シニア共通)=2700円 
   アテネ・フランセ文化センター会員=800円
主催:国際交流基金アジアセンター、アテネフランセ文化センター
スケジュール・詳細http://www.athenee.net/culturalcenter/program/in/indonesia.html



2017年1月21日土曜日

アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男

2015年/ドイツ

地味だが堅実な出来のドイツ映画。アイヒマン裁判に興味がある人にはおすすめだ。




監督:ラース・クラウメ
出演:ブルクハルト・クラウスナー(『白いリボン』)、
ロナルト・ツェアフェルト(『あの日のように抱きしめて』)、
セバスチャン・ブロムベルク
配給:クロックワークス、アルバトロス・フィルム
公開:2017年1月7日よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町にて公開中
公式HP:eichmann-vs-bauer.com/


ドイツ映画らしい、地味だけれど堅実なタイプの実話の映画化。
まずそもそもアイヒマンを知らなかったら話にならないので、
せめてwikiでも読んでから映画を見ること。
ざっくり言うと、アイヒマンは第二次世界大戦時に数百万人のユダヤ人を絶滅収容所に送り、殺害した責任者だ。
とはいえ、バリバリの軍人ではなく、
命令に従ってこなす“有能な官僚”タイプだった。
戦後、南米に逃亡していたが、1960年にアルゼンチンで捕まり、
翌1961年にイスラエルで行われたアイヒマン裁判の結果、
1962年に処刑された。
前にも紹介した映画『ハンナ・アーレント』にもその様子が描かれている。
全世界の人々は、裁判に出たアイヒマンを見て驚いた。
数百万人を殺したのだから、ものすごい極悪人の姿を想像していたら、そこらへんの役所にいそうな小役人顔だったからだ。
裁判では「命令に従っただけ」とアイヒマンは言ったが、
彼が積極的に効率よく“仕事”をしなければ、
もっと被害は少なかった。
では、最大の“悪”とは何か、それは『ハンナ・アーレント』を見てください。

ただ、日本ではこれから2月に公開される映画『アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発』という、アイヒマン裁判中にイェール大学で行われた“ミルグラム実験”を描いた映画にも示されているように、たいていの人間はアイヒマンと同じシチュエーションに置かれたら、同じことをするそうだ。
これは「服従の心理」というもので、
詳しくは「ミルグラム実験」とかでwikiで調べてください。
今回紹介する映画とは関係ないけれど。

さて、本作のタイトルを見て、アイヒマン捕獲を描いた華々しい作戦の映画と想像していたら、老人主演のあまりの地味さに驚くかもしれない(逮捕に関してはロバート・デュバル主演で『審判』という映画になってるいそうだが未見。DVD発売なし)。
アイヒマンを尾行し、アルゼンチンで誘拐して密かにイスラエルに
運んだのはイスラエルの諜報機関モサドで、
これはこれでひとつの映画になる。
しかし本作の主人公は、逮捕のきっかけとなったモサドへの情報提供を行ったドイツの検事バウアーだ。

舞台は1950年代後半のフランクフルト。
ナチスの戦争犯罪者の告発に執念を燃やしている
検事長バウアーのもとに、アルゼンチンに住むユダヤ人から
アイヒマンが潜伏しているとの情報が入る。
しかし、バウアーの周辺では、かつてのナチス党員や信奉者たちが社会復帰をしており、彼の行動に目を光らせていた。
ドイツの法機関の情報は、ナチスの残党に筒抜けだったのだ
そこでバウアーは違法と知りながらも、
アイヒマンを拘束するためにその情報をモサドに渡す。
彼の願いは、
アイヒマンをドイツで法により裁くことだったのだが…。

バウアーは判事時代の1930年代、社会民主党の党員だったが、
ナチスが政権を握り、ナチス以外のすべての政党を禁止すると、
強制収容所に送られてしまう。
その後、バウアーは政治的に転向し釈放。
しかし1936年にはデンマークに亡命する。
バウアーはユダヤ人だったが、無神論者でもあった
第二次世界大戦が始まるとスウェーデンで抵抗運動に加わる。
1949年に西ドイツに帰国したバウアーは、
ヘッセン州の検事長になる。

映画は50年代の末から始まるが、この時代は公職追放された
ナチスやその信奉者たちも社会復帰していた。
冷戦下だったから、アメリカや西ドイツ政府も、
戦争犯罪の追及にはあまり熱心ではなかった。
そのため、若年層の中には、ナチスの犯罪について知らないものも多く、ナチスの戦争犯罪は早くも風化し始めていたのだ。
映画の中でも、若手の検事たちの中には、
なぜバウアーが“過去”の犯罪の告発に力を入れているのかを
理解していないものもいることを見せている。
バウアーはそうした風潮に危惧を抱いていた。
バウアーは復讐のために逮捕に執念を燃やしたわけではなく、
事実を明るみにすることによって、人々にもう一度、
民主主義や人間の尊厳を再確認してもらいたかったのだろう。
映画では時間がどれくらい経ったのかわかりにくいが、
最初の情報提供から逮捕までの証拠固めには、
実は3年近い年月が経っている。

そうした地味な積み重ねを、観客が飽きないようにするために、
多少脚色はあるが、なんとかエンタテイメント作品にした本作。
僕はもともと関心があるから楽しめたが、みなさんはどうかな。

★★★

2017年1月6日金曜日

アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場


Eye in the Sky

ドローンによるテロリスト攻撃作戦。しかしその場に、関係ない民間人が居合わせたら?


 
2015

監督:ギャヴィン・フッド(『ウルヴァリン: X-MEN ZERO』『ツォツィ』)
出演:ヘレン・ミレン(『クイーン』)、アーロン・ポール(『ブレイキング・バッド』)、アラン・リックマン(『ハリー・ポッター』シリーズ)

配給:ファントム・フィルム
公開:1223日よりTOHOシネマズシャンテにて公開中
公式HPeyesky.jp/


●ストーリー

アフリカのナイロビの上空6000メートルを飛ぶ、一機の無人ドローンがある映像を捉えた。それは国際的なテロリストが、一軒の家に集結する姿だった。彼らを追うイギリス軍諜報部のキャサリン大佐は、上官のベンソン中将と協力して逮捕を目指すが、監視カメラの映像は大規模な自爆テロの準備を映し出した。逮捕による隊員の損害や逃亡を防ぐため、作戦はドローン攻撃による殺害に変更。その命令によりラスベガス郊外の空軍基地では、ミサイルの発射準備に入る。しかし、カメラはドローンの殺傷圏内にいる、幼いパン売りの少女を映し出した。

●レヴュー

宣伝では典型的なB級アクション映画のようなルックで損をしているが、なかなかの拾い物、いや、個人的にはけっこうツボにはまった哲学的な命題を含んだサスペンス映画で、機会があったらぜひみなさんにも見て、考えてほしい映画だ。

哲学の世界では有名な「トロッコ問題」をご存知だろうか?
これは大学の講義でもよく使われる有名な話でバリエーションはいろいろあるが、基本となるのはこんな感じ。線路を走っているトロッコが制御不能になり、このまま放置しておけば前方で作業中の5人が死んでしまう。しかしあなたの前にある分岐器を動かせば、別の線路に引き込むことができる。ただし、そこでもひとりの人が作業中だ。つまり、5人を救うために1人を殺しても良いかということであり、法的な責任は問われないのが前提となる。功利主義的な立場から言えば、5人を救うのが正しい。しかし義務論から言えば否となるというもの。これにはバリエーションがある。たとえば、この問題で迷わず分岐の切り替えをした人でも、以下の問題はどうだろう。溺れている5人を助けるためにあなたがボートで向かっている途中、溺れている別の一人を発見する。その人を救うと時間がかかり、五人は死ぬことになる。それでもあなたは助けるか、見殺しにするか。

お気付きのように、これには誰も納得がいく回答がない。人は頭ではわかっていても、誰かを助けるために誰かを見殺しにはしたくないからだ。この映画では「自爆テロが起きれば数十人が死ぬ。また部隊の突入でも複数の兵士が死ぬ。ただしドローン攻撃をすれば“最小の被害”だけですむ」という、功利主義から言えば正しい選択が目の前にある。しかし、それは倫理的には正しい選択なのだろうか? 攻撃により、関係のない少女が死ぬかもしれない。多数を救うために、少女は死んでもいいのか。

オバマ政権では、兵士による直接攻撃ではなく、ドローンによる攻撃が推奨されている。現在では兵士のPSTD問題などが国内世論で大きく取り上げ、大々的に生身の兵士を戦闘に派遣しにくい。兵士の死傷者数を減らしたいこともあり、ドローン攻撃を重視しているのだが、あるニュースによればアフガニスタンでドローンにより殺害された200人のうち標的はわずか35人で、残りは巻き添えを食った民間人だったという。

ただし、本作が良くできているのは、現実の作戦に対する批判ではなく、「テロリスト攻撃」という事件を通して、上記の「トロッコ問題」という普遍的な哲学上の問題を私たちに見せてくれる点だ。そのため、この作戦に関わるどの立場の人間も納得がいくように描かれ、映画によくありがちな悪人や思慮の浅い人は出てこない。それぞれの立場で考え、意見を述べているので、観客もだんだんどうしていいかわからなくなる。それが狙いなのだ。「もし、少女を助けるためにテロリストを逃して、その後、数十人が死んだら?」、あるいは「少女が助かる確率が何%なら実行していいのか」などと考えてしまう。

イギリス映画らしい重厚な作りの本作だが、それはこの重いテーマにふさわしい。どのような選択をしても、誰かが傷つくようなことにならない世界を目指すのが、本当は一番いいのだろう。ヘビーな一本だ。
★★★☆

●関連情報
・最近では『ウルヴァリン: X-MEN ZERO』などの娯楽映画が多い南アフリカ出身のギャヴィン・フッド監督だが、世界的なデビューは社会問題を扱った『ツォツィ』だ。
・本作は、アラン・リックマンの遺作のひとつになった。
・トロッコ問題についてはwikiを参照にしました