2017年1月21日土曜日

アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男

2015年/ドイツ

地味だが堅実な出来のドイツ映画。アイヒマン裁判に興味がある人にはおすすめだ。




監督:ラース・クラウメ
出演:ブルクハルト・クラウスナー(『白いリボン』)、
ロナルト・ツェアフェルト(『あの日のように抱きしめて』)、
セバスチャン・ブロムベルク
配給:クロックワークス、アルバトロス・フィルム
公開:2017年1月7日よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町にて公開中
公式HP:eichmann-vs-bauer.com/


ドイツ映画らしい、地味だけれど堅実なタイプの実話の映画化。
まずそもそもアイヒマンを知らなかったら話にならないので、
せめてwikiでも読んでから映画を見ること。
ざっくり言うと、アイヒマンは第二次世界大戦時に数百万人のユダヤ人を絶滅収容所に送り、殺害した責任者だ。
とはいえ、バリバリの軍人ではなく、
命令に従ってこなす“有能な官僚”タイプだった。
戦後、南米に逃亡していたが、1960年にアルゼンチンで捕まり、
翌1961年にイスラエルで行われたアイヒマン裁判の結果、
1962年に処刑された。
前にも紹介した映画『ハンナ・アーレント』にもその様子が描かれている。
全世界の人々は、裁判に出たアイヒマンを見て驚いた。
数百万人を殺したのだから、ものすごい極悪人の姿を想像していたら、そこらへんの役所にいそうな小役人顔だったからだ。
裁判では「命令に従っただけ」とアイヒマンは言ったが、
彼が積極的に効率よく“仕事”をしなければ、
もっと被害は少なかった。
では、最大の“悪”とは何か、それは『ハンナ・アーレント』を見てください。

ただ、日本ではこれから2月に公開される映画『アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発』という、アイヒマン裁判中にイェール大学で行われた“ミルグラム実験”を描いた映画にも示されているように、たいていの人間はアイヒマンと同じシチュエーションに置かれたら、同じことをするそうだ。
これは「服従の心理」というもので、
詳しくは「ミルグラム実験」とかでwikiで調べてください。
今回紹介する映画とは関係ないけれど。

さて、本作のタイトルを見て、アイヒマン捕獲を描いた華々しい作戦の映画と想像していたら、老人主演のあまりの地味さに驚くかもしれない(逮捕に関してはロバート・デュバル主演で『審判』という映画になってるいそうだが未見。DVD発売なし)。
アイヒマンを尾行し、アルゼンチンで誘拐して密かにイスラエルに
運んだのはイスラエルの諜報機関モサドで、
これはこれでひとつの映画になる。
しかし本作の主人公は、逮捕のきっかけとなったモサドへの情報提供を行ったドイツの検事バウアーだ。

舞台は1950年代後半のフランクフルト。
ナチスの戦争犯罪者の告発に執念を燃やしている
検事長バウアーのもとに、アルゼンチンに住むユダヤ人から
アイヒマンが潜伏しているとの情報が入る。
しかし、バウアーの周辺では、かつてのナチス党員や信奉者たちが社会復帰をしており、彼の行動に目を光らせていた。
ドイツの法機関の情報は、ナチスの残党に筒抜けだったのだ
そこでバウアーは違法と知りながらも、
アイヒマンを拘束するためにその情報をモサドに渡す。
彼の願いは、
アイヒマンをドイツで法により裁くことだったのだが…。

バウアーは判事時代の1930年代、社会民主党の党員だったが、
ナチスが政権を握り、ナチス以外のすべての政党を禁止すると、
強制収容所に送られてしまう。
その後、バウアーは政治的に転向し釈放。
しかし1936年にはデンマークに亡命する。
バウアーはユダヤ人だったが、無神論者でもあった
第二次世界大戦が始まるとスウェーデンで抵抗運動に加わる。
1949年に西ドイツに帰国したバウアーは、
ヘッセン州の検事長になる。

映画は50年代の末から始まるが、この時代は公職追放された
ナチスやその信奉者たちも社会復帰していた。
冷戦下だったから、アメリカや西ドイツ政府も、
戦争犯罪の追及にはあまり熱心ではなかった。
そのため、若年層の中には、ナチスの犯罪について知らないものも多く、ナチスの戦争犯罪は早くも風化し始めていたのだ。
映画の中でも、若手の検事たちの中には、
なぜバウアーが“過去”の犯罪の告発に力を入れているのかを
理解していないものもいることを見せている。
バウアーはそうした風潮に危惧を抱いていた。
バウアーは復讐のために逮捕に執念を燃やしたわけではなく、
事実を明るみにすることによって、人々にもう一度、
民主主義や人間の尊厳を再確認してもらいたかったのだろう。
映画では時間がどれくらい経ったのかわかりにくいが、
最初の情報提供から逮捕までの証拠固めには、
実は3年近い年月が経っている。

そうした地味な積み重ねを、観客が飽きないようにするために、
多少脚色はあるが、なんとかエンタテイメント作品にした本作。
僕はもともと関心があるから楽しめたが、みなさんはどうかな。

★★★