2017年8月5日土曜日

リベリアの白い血

Out of My Hand

西アフリカ・リベリアからニューヨークへ。日本人監督が描く移民たちの物語。




2015年/アメリカ
監督:福永壮志
出演:ビショップ・ブレイ、デューク・マーフィー・デニス、ディヴィッド・ロバーツ、シェリー・モラド
配給:ニコニコフィルム
上映時間:88
公開:8/5(土)より アップリンク渋谷ほかにて公開
公式サイト:https://liberia-movie.com/


■ストーリー

リベリア共和国のゴム農園で働くシスコは、過酷な労働条件の元、家族を養っていた。仲間と労働環境の改善するために争議を企てるも失敗。そんな折、ニューヨーク在住の従弟からアメリカでの生活を聞き、単身アメリカ行きを決意する。
NYのリベリア人コミュニティーに身を置きながら、タクシードライバーとして働きだしたシスコは徐々に都会生活に順応していく。そんな矢先、元兵士ジェイコブと予期せぬ再会するのだった。それはシスコの忌々しい記憶を呼び覚ます出来事だった。

■レビュー

冒頭、リベリアの農村でゴムの樹液を採取する様子が克明に描かれる。木の幹に傷をつけ、道をつくり、樹液が流れていく。その繰り返し作業に、面白そうだ、やってみたい、と好奇心が湧く。だが、そんな思いも束の間、労働者たちは1日何百本というノルマをこなさなければならないと知らされると、どこかへ吹き飛んでしまう。

主人公シスコはどちらかというと無口だが、仲間の体調を気にかけたり、家族への思いやりがあり、とても信頼できそうな男だ。ニューヨークへ渡ってからの順応性も早く、タクシー運転手への転身のスムーズさといい、聡明な”できる男”という印象さえもつ。
そんな折、思わぬ男と再会する。元兵士仲間のジェイコブだ。近づくジェイコブにお前なんか知らない、とシスコは拒否する。ジェイコブはシスコがいかに”できる兵士”だったかほのめかす。”できる兵士”が意味することとは…? 

前半リベリアの農村、後半NYの移民たちの生活を実に淡々と描く。昨年公開されたスリランカ移民を描いた『ディーパンの闘い』ほど仕掛けも切迫感もないが、1人のリベリア移民の一挙手一投足が淡々と描かれる分、共感とともに、彼の持つ深い闇がじわりと伝わってくる。唖然とするラストだが、冷静すぎるシスコの態度が逆に彼が内戦時代に行ったこと、犯した罪を、われわれに想像させる。

冒頭から撮影がすばらしいと思って見ていたのだが、資料をみて愕然とした。カメラの村上涼は、この映画の撮影でマラリアに感染し、ニューヨークの自宅で33歳という若さで亡くなったという。冒頭のゴム農園のシーンは村上自身が撮ったドキュメンタリーに由来しており、この映画に大きなインスパイアを与えたという。その才能が惜しまれる。

カネコマサアキ(★★★)

■関連事項

リベリア共和国はアメリカで解放された黒人奴隷によって建国され、国名はラテン語のLiber(自由)に由来しているという。ルワンダ紛争やソマリア内戦ほどは知られてはいないが、80年代から2000年代に2度にわたる内戦が起きており、未だに人々はトラウマを抱えているようだ。

第65回ベルリン国際映画祭パノラマ部門正式上映
第21回ロサンゼルス映画祭最高賞受賞
題16回サンディエゴ・アジア映画祭新人監督賞受賞



2017年7月26日水曜日

ローサは密告された

フィリピン・マニラのスラム街。小さな雑貨店のを営むローサ夫婦は、麻薬の密売を密告され逮捕されてしまう。ローサ一家は、無法で腐敗した警察に立ち向かう。

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MA’ROSA
2016年/フィリピン

監督:ブリランテ・メンドーサ
脚本:トロイ・エスビリトゥ
出演:ジャクリン・ホセ、フリオ・ディアス、フィリックス・ロコ
配給:ビターズ・エンド
上映時間:110分
公開:2017年7月29日(土)、シアター イメージフォーラムほか全国順次ロードショー

●ストーリー  

 フィリピン・マニラ、スラム街の一角。ローサ(ジャクリン・ホセ)は夫ネストール(フリオ・ディアス)と小さな雑貨店を経営している。子どもは4人。生活は貧しく、店では少量の麻薬を扱い、それが一家の生活の支えになっていた。
 ある雨の晩、ローサ夫婦は、麻薬密売の罪で警察に逮捕されてしまう。連行された警察署は、密売人の密告要求、法外な保釈金の請求、暴力、横領と無法地帯そのものだ。4人の子どもは、両親の保釈のために懸命に奔走する‥。


●レビュー 

 5人に1人が貧困状態だと言われ、麻薬に関わる犯罪が絶えないフィリピンのスラム街。ロドリゴ・ドゥテルテ大統領の就任後の取り締まり強化で、麻薬に関わる者が大量に逮捕、超法規的な殺害も行われていることはニュースにもなっている。この物語は、そうしたスラム街を舞台に、麻薬を売っていた罪で警察に逮捕されたローサ夫婦とその釈放に奔走する子どもたちの姿、警察にはびこる腐敗が描かれている。

 主人公のローサは、夫とともに小さな雑貨店を営みながら、4人の子どもたちとスラム街の一角で暮らしている。生活にゆとりはなく、麻薬を仕入れて小分けして売っている。子どもたちも各々ギリギリの日々。
 まず、登場する人物や彼らの生活の様がとても自然なことに驚かされる。その後、麻薬の密売を密告され、夫婦は逮捕されるのだが、法外な保釈金の要求を横領、押収した麻薬を横流し、恐喝に暴力、連行され先の警察のにわかに信じられないような腐敗の有り様もまた、異様なほどのリアリティに満ちている。スラム街での撮影、夜もライトを使わず、手持ちカメラが俳優を捉えている。フィリピンのスラム街で起きた生活の断面を描き出すため、あえてドキュメンタリーのように撮影方法。さらに、撮影は時系列で進み、セリフは撮影現場で指示され、俳優たちはその場に応じて動いたという。出演者たちがそれぞれの役回りを自然と深めていったことがうかがえる。こうしたメンドーサ監督の手腕が、この作品への興味をよりいっそう深くしている。

 そして特筆すべきは、ローサを演じたジャクリン・ホセである。したたかに生きるスラム街の母親を見事に体現。カンヌ国際映画祭で高い評価を受け、主演女優賞を受賞している。視点は彼女に合わせられ、逮捕されてからの一晩の出来事が、彼女の目から見た形で語られるように編集されている。
 ローサの家族はごく普通の家族なのだろうが、生き残るためには何でもする、何でもしなければならない無法地帯にいる。ラストシーンのローサの視線が、倫理や道徳を踏み外ことが当然のようにある難しいフィリピン社会の現実を私たちに伝えてくれる。★★★☆)加賀美まき

第69回 カンヌ国際映画祭 主演女優賞(ジャクリン・ホセ)受賞
第89回 アカデミー賞 外国映画賞 フィリピン代表
第54回 ヒホン国際映画祭 監督賞(ブリランテ・メンドーサ)受賞

2017年6月9日金曜日

マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白

たった1年の出稼ぎのはずが騙されて中国の農村に売られてしまう‥。
二つの家族の間で揺れながら、貪欲に生き抜こうする一人の北朝鮮女性の記録。

有効にしてください。</div></div>
MRS.B.  A NORTH KOREAN WOMAN

2016年/韓国、フランス
監督:ユン・ジェホ
配給:33BLOCKS
上映時間:72分
公開:2017年6月10日(土)、シアター イメージフォーラムにてロードショー

●ストーリー

 北朝鮮女性B(ベー)は、十年前、家族のために一年間だけの出稼ぎで中国に渡るが、騙されて中国の貧しい農村へ嫁として売り飛ばされてしまう。憎むべき中国人の夫と義父母との生活を受け入れ、中国と北朝鮮の家族を養うため脱北ブローカーとなっていく。
 その後、北朝鮮に残してきた息子たちの将来を案じた彼女は、息子たちを韓国へ脱北させ、自らも過酷な脱北の旅へと出る。命からがら辿り着いた韓国で、彼女を待ち受けていたのは、苦しく辛い日々だったが‥ 

●レビュー

 北朝鮮のニュースを毎日のように触れる昨今。海を隔てた隣国でありながら、私たちはこの国のの本当の姿を知らないと思う。ここ数年、北朝鮮を捉えたドキュメンタリー映画がいくつか公開された。統制下での撮影からは、ごくわずかな断面しか伺い知ることはできないし、その国から決死の覚悟で脱北する人々が数多くいることは知っていても、その実際は私たちにはわからない。この作品は、脱北した名もなき北朝鮮出身の女性・ベーを記録したドキュメンタリーである。

 脱北者を扱った作品ということで、脱北の経緯やその様子を追ったものと思ったが、彼女の生き様は私たちの想像を超えていた。登場した北朝鮮出身のマダム・ベーは、中国の片田舎で貧しい農家の嫁となり、たくましく一家を支えていている。十年前、夫と二人の息子を残し出稼ぎのために中国に渡ったが、騙されて売られてきたのだという。そのようなケースは珍しくないらしい。中国人の夫と年老いた義父母との生活を余儀なくされる中、自らも脱北者を手助けするブローカーになっていく。両方の家族を養うための手段だったといい、自らの厳しい境遇を超えて生き抜く貪欲なたくましさに驚かされる。そのような生活の中、彼女は息子二人を韓国に脱北させ、自らもラオス、タイ経由の脱北ルートで韓国へ向かうことを決意する。彼らの将来を案じての決断。決死の道程。安定と平穏な暮らしを求めて突き進む彼女には、境遇、倫理感や心持ちを超えた人として強さが漲っている。

 そして韓国。脱北した夫も合流し、家族揃っての生活が映し出されるが、安定した職を得て働くマダム・ベーの表情には以前の力強さがなくなっていた。貧しさから抜け出してやってきた韓国で、家族は本当の意味での安寧を得ることができていないように見える。脱北者の韓国社会での実際を知る機会は少なく、彼らの置かれた境遇を知ることはとても興味深い。そして、中国の夫と連絡を取り合っているマダム・ベー。中国での生活は、愛情あるものではなかっただろうが、自然と誼が生まれていたようだ。第二の家族との間の心の揺れに彼女の生き様の残酷さを垣間見る。

 分断国家という現実。同じ民族でありながら二つの国は大きく乖離してしまっているように思える。たくましく生き方を模索し、懸命に幸せをつかもうとしている人間の強さと、そこに立ちはだかる現実を強く印象付けられるこのドキュメンタリー作品。マダム・ベーはさらに自分の手で何かをつかもうとするのか否か。生きる道を模索するマダム・ベーのような女性が他にもいるのだろう。★★★☆)加賀美まき

2016年 モスクワ国際映画祭 最優秀ドキュメンタリー映画賞 受賞
2016年 チューリッヒ国際映画祭 最優秀ドキュメンタリー映画賞 受賞
2016年 カンヌ国際映画祭 ACID 部門正式出品

2017年5月31日水曜日

光をくれた人

the light between oceans



孤島で暮らす灯台守の夫婦。妻は流産を繰り返していた。そこへ男の遺体と乳児をのせた一隻のボートが流れ着く。


2015年/アメリカ・オーストラリア・ニュージーランド
監督:デレク・シアンフランス(『ブルー・バレンタイン』)
出演:マイケル・ファスベンダー、アリシア・ヴィキャンデル、レイチェル・ワイズ
配給:ファントム・フィルム
上映時間:133
公開:5/26(金)より TOHOシネマズシャンテにて公開中
公式サイト:hikariwokuretahito.com

■ストーリー

1918年、トムは戦争の英雄として帰国するが、心に深い傷を負っていた。俗世から逃れるようにオーストラリア西部バルタジョウズ岬から160キロ離れたところにある孤島・ヤヌス島の灯台守の仕事に就く。バルタジョウズの村で知り合った女性イザベルと孤島で幸せな結婚生活を送っていたが、二度の流産が二人の人生に影を落とす。ある日、島に一隻のボートが流れ着く。そこには男の遺体とともに女児の赤ん坊が乗っていた。トムは通報をしようとするが、イザベルの懇願にほだされ、男の遺体を埋め、二人は女児にルーシーと名付け育てることにする。
4年後、娘の洗礼式のためバルタジョウズを訪れると、トムは一人の女が墓石の前で泣いているのを目撃する。彼女は4年前、夫と娘を海で亡くしたというハナという女性だった。


■レビュー

そういえば、乳児の誘拐事件というのを、最近は聞かなくなった。
昔はよくニュースになってた気がするし、ドラマや映画の題材でもよく扱われていた。たいていは「かわいかったから」とか「子供がほしかった」という女性の犯行で、「母性本能」のなせる犯罪、という認識があった。
しかし、最近の研究では「母性本能」というのは生来女性に備わっているものではなく、後天的な社会の刷り込み(教育)であることもわかってきている。日本には石女(うまずめ)なんて言葉もあったように、女性の出産・子育てプレッシャーは相当なものだったはずだ。時代は変わり、家族形態の多様性が認められるようになると、そのプレッシャーも随分緩くなり、乳児の誘拐事件も減ってきたのではないか、と想像する。

この映画の舞台も、第一次大戦後のオーストラリアという古い時代設定だ。
イザベルは2度も流産を経験し精神が不安定だった。偶然にも流れ着いたボートに乗っていた赤ん坊を見つけ、自分の子供として育てる。孤島という環境が、それが犯罪であるという意識を鈍らせる。一方、ハナは夫と産んだばかりの一人娘を失い、失意の中にあった。2人の女性の持つ苦しみの対比はもちろんだが、イザベルの夫・トムの良心の呵責が絶海の風景とともにじわりと伝わってくる。物語の背景にあるのは、戦争の禍根である。ハナの夫は敵国ドイツ人で、戦争で身内を亡くした人々に逆恨みにあい、娘を連れてボートで海へ逃れたのだった。社会がまだ自由からほど遠く、全体主義的な雰囲気を残していたと考えられる。

昨年話題になった西川和美監督の『永い言い訳』という邦画作品がある。この作品、根底には、子供のいない夫婦、子供のいる夫婦、どちらが幸せだろうか?というテーマを孕んでいるように思うが、これが時代を反映していて面白かった。かくいう自分には子どもはいないが、近くに甥姪がいて、一緒に暮らした時期もあり、子育てに関わったことがある。と、自分では思っているのだが、本作の感動的な余韻とともに思うのは、子供は社会で育てるもの、これにつきると思う。二つの映画は、子供のいる人ーいない人、持てる人ー持たざる人、という両者の溝を埋めてくれる、両者を思いやる内容にはなっているが、子育て奮闘中の人はこの映画を観る暇さえないのだろうな。

カネコマサアキ(★★★)

■関連事項

原作はM.L.ステッドマンのベストセラー『海を照らす光』。作品の舞台のヤーヌス・ロックという孤島はインド洋と南大洋がぶつかるところにある南極半島に付随する島として実在するようだが、映画では名前を拝借した架空の設定らしい。灯台がある風景が撮影されたのはキャンベル岬である。

2017年5月19日金曜日

オリーブの樹は呼んでいる


El Olivo


最愛の祖父のために、孫娘はオリーブの樹を取り戻す無鉄砲な旅に出る。

2016年/スペイン
監督:イシアル・ボジャイン
出演:アンナ・カスティーリョ、ハビエル・グラディエス、ペップ・アンブロス
配給: アット・エンタテイメント
上映時間:99
公開:  520()よりシネスイッチ銀座にて公開
公式サイト:http://olive-tree-jp.com

■ストーリー


アルマは養鶏所で働く勝ち気な20歳の女子だ。幼い頃から心を通わして来た最愛の祖父が日に日に衰弱して行くのを心配している。オリーブ農園を営んでいた祖父が誰とも口をきかなくなったのは数年前に遡る。彼が大切にしていた樹齢2000年のオリーブの巨木を息子(アルマの父親)が業者に売ってしまったからだ。最愛の祖父を救うためには、そのオリーブの樹を取り返すことしかないのでは?という考えに取り付かれたアルマは、叔父のアーティチョーク、同僚のラファを巻き込み、無謀な旅に出るのだった。



■レビュー


スペインはバレンシア州から、ドイツのデュッセルドルフへ。行き当たりばったりの無計画な旅である。
無計画なのは、バックパッカーの特権じゃないか?というかもしれないが、アルマの場合他人を巻き込んでる分だけ始末が悪い。こんな無鉄砲が許されるのは、本当に親しい仲か、身内だけだろう。同行の憂き目にあったのは叔父のアーティーチョーク、そして密かにアルマに想いをよせる同僚のラファだ。二人はさながらドン・キホーテの旅に寄り添うロシナンテとパンチョを思わせる。

祖父が大切にしていたオリーブの巨木はオリーブ油を取るための農園の中にあった。スペインのオリーブ油はイタリアと肩を並べるか、それ以上の生産量を誇るという。祖父の農園は安いオリーブ油に押され、売り上げが低迷していた。息子(アルマの父親)はそんなことやっていても儲からないと言って、自分の事業を展開する資金のために、祖父が大事にしていた樹齢2000年のオリーブの巨木を業者に売ってしまう。売られたオリーブの樹はどこへ行ったのか?

ニュースで何となく知っていたヨーロッパの経済地図・パーワーバランスがありありと見えてくる。やはりドイツがユーロ経済を牽引しているのだな。売られたオリーブの樹は、イメージアップのためにエコを標榜するドイツの企業が買い取っていたのだ。
ここで映画の背景を知るためにスペインの近年の政治状況を振り返ってみなければならない。1999年のユーロ導入によって、2000年代は不動産ブームに沸くが、(カスティーリャ県、カタルーニャ地方でオリーブの木の伐採がさかんに行われるようになった時期と重なる)2008年にリーマンショックに端を発した世界的な金融危機で不動産バブルが崩壊。(アルマの父親の事業の失敗がそれを表していそうだ)多額の不良債権を抱え、スペインは未だに不況と政治的混乱から脱せずにいる。失業率22%、アルマのような若者層は50%にのぼり、デモが頻繁に起こっているという不安定な状態だ。

流れる風景の中に意識を投じられるようなロードムービーではなく、どちらかというとアルマの無計画ぶりにイライラさせられるのだけど、それ故にか目当てのオリーブの樹に再会し、幼い頃の想い出がよみがえるシーンに胸が熱くなった。SNSを駆使した活動家の応援は、少々ご都合主義にも感じたが、現実は案外こんな風に広がって行くかもしれない。何か行動に移さなければ、何も始まらない。アルマのような無鉄砲な行動も、時には思いもよらない展開を生む、ということだろう。
ロードムービーと書いたが、本質は家族の再生の物語であり、スペインの未来、いや人類の未来への楽観が描かれている。

カネコマサアキ(★★★)


2017年ゴヤ賞新人女優賞受賞
2016年ブリュッセ映画祭観客賞受賞
2016年ラテンビート・フィルムフェスティバル観客賞・主演女優賞受賞



2017年4月17日月曜日

サラエヴォの銃声

Death in Sarajevo


欧州、そしてボスニアの過去と現在を85分間のドラマで語る意欲作
 



2014年/フランス、ボスニア・ヘルツェゴビナ
監督:ダニス・タノヴィッチ
出演:ジャック・ウェバー、スネジャナ・ヴィドヴィッチ、イズディン・バイロヴィッチ
配給:ビターズエンド
公開:3月25日より新宿シネマカリテにて上映中
公式URL:www.bitters.co.jp/tanovic/sarajevo.html


長編監督デビュー作『ノーマンズ・ランド』で、
いきなりアカデミー賞外国語映画賞を受賞した、
ボスニア出身の監督ダニス・タノヴィッチ
2月に日本公開された『汚れたミルク』はパキスタンを
舞台にしていたが、今回は故郷のボスニアが舞台。
1914年に起きたサラエヴォ事件と、
1990年代に起きたボスニア内戦の問題をクロスさせながら、
続く民族間の緊張、そしてヨーロッパとは何かを問う意欲作だ。

サラエヴォ事件から100年後の2014年。
その記念式典に出席するため、老舗のホテル
「ヨーロッパ」にVIPが到着する。
同じ頃、ホテルの屋上では、暗殺者プリンツィプについての番組の撮影が行われており、女性ジャーナリストがインタビューをしていた。そこへプリンツィプという名前の男が現れる。
ホテルの裏側では、従業員が給料の未払いに抗議するストライキを計画していたが、支配人はそれを阻止しようと画策する。
VIPは部屋に閉じこもり、演説の練習に余念がない。
さまざまな人々の思惑が交差し、
事態は予期せぬ方向へと進んでいく。

同じ国に住みながらお互いに殺しあう内戦を起こし、
今も近親憎悪にも近い憎しみを抱くという
ボシュニャク人、セルビア人、クロアチア人。
ひとつの国のこの三民族の争いはまた、
ヨーロッパ全体の象徴でもある

本作の舞台となるホテルの名前が「ヨーロッパ」であることからしても、それは明白だ。
そこには、さまざまな思惑で生きている人たちで構成されている。
負債に苦しむホテル。資金繰りに厳しい支配人は従業員たちのストを中止させようと、地下の怪しげなクラブの男たちに依頼する。
暗殺者と同じ名前の男はセルビア至上主義者であり、
過去の暗殺を正当化しようとするが、彼もまた行き場のない現実から
逃避するために、攻撃できる誰かを求めている

それでは何の解決にもならないという女性リポーター。
100年前も、30年前も、人々の社会への不満は変わらない。
ただはけ口を求めているだけなのだと。

映画と実際の事件が行われた場所は奇妙にシンクロし、
不思議な感覚を感じさせる。
たとえば事件に関してのインタビューが行われている
ホテルの屋上からは、サラエヴォ事件が起きたラテン橋が見え、
今にも背後で事件が起きるのではという
過去と現在が同居する感覚にとらわれる。
そして映画のロケが行われたホテル“ヨーロッパ”は、
あの“有名な”ホリディ・インだ。
サラエヴォが包囲された1990年代半ば、
ここに世界中からジャーナリストが集まり、
その模様が世界に報道された。
ボスニアの内戦を象徴する場所でもあるのだ。

そして、本作は映画内時間と実際の時間をシンクロさせている。
つまり映画の実時間の85分間に起きた出来事だけで、
ボスニアの歴史、ひいてはヨーロッパの抱える問題までを
一気に提示するのだ。

サスペンスも盛り込んでいるので、
退屈せずに興味は最後まで持続するはず。
ただし、鑑賞前に「サラエヴォ事件」「ボスニア内戦」が
どういうものであったかぐらいは、簡単に調べておこう。
第66回ベルリン映画祭で銀熊賞受賞
★★★☆

2017年3月31日金曜日

忘れな草

ドイツ中を優しい笑顔とあたたかい涙で包んだある家族のドキュメンタリー。


Vergis mein nicht (Forget me not)

2013年/ドイツ
監督・脚本:ダーヴィット・ジーヴェキング
配給:ノーム
上映時間:88分

公開:2017年4月15日(土)、渋谷ユーロスペース他、全国順次ロードショー

●ストーリー

 フランクフルト近郊の実家に帰ってきたダーヴィット。認知症になった母グレーテルの介護に疲れた父マルテを手伝うためだ。ダーヴィットは母の世話をしながら、母と家族が過ごす時間をカメラで記録していく。
 母の認知症の症状は少しずつ進んでいく。理性的だった母だが、ベットから起きようとしなかったりダーヴィットを夫だと思ったりと次第に変わっていってしまう。母の記憶が失われていく一方で、ダーヴィットは母の過去をたどり、知らなかった母の姿を知ることとなる…

●レビュー

 認知症を患い変わっていく母と母を介護する父、その二人と家族の姿を息子ダーヴィットがカメラに収めたこのドキュメンタリーは、家族の愛情を感じられる作品になっている。映像は、母グレーテルの記憶力が低下して、家の中のあちこちにメモが張られるようになったところから始まる。父のマルテは、大学退職後は数学者として研究を続けながら、海外旅行にも出かける生活を夢見ていた。けれども、認知症と診断された妻グレーテルの介護で、彼の人生は予想もしなかったものになってしまう。監督であるダーヴットは実家に戻り、父を助け母の介護を手伝うことにするのだが、母グレーテルは徐々に記憶を失い、さらに手がかかるようになっていく。

 年を重ねた普通の夫婦に見えたグレーテルとマルテだったが、普通とは少し違っていた。母グレーテルは大学で言語学を専攻。マルテと結婚後は政治に目覚め、夫婦で社会主義ドイツ学生連盟に参加。スイスに移った後は、左翼の活動家として当局からもマークされるほどの存在になっていた。また二人は、お互いに別な相手との恋愛を良しするような個人主義的な考えの夫婦だった。そのような人一倍理性的で自立した女性だったグレーテルが、記憶を失い自由奔放に振る舞う姿に家族の戸惑いも大きかったと思う。

 母グレーテルは記憶を失っていくが、反対にダーヴィットは母の過去を呼び起こしていく。生き様を辿り、父との関係を手繰ることで、母の心が今までの抑圧から解き放たれていたことに気づく。父のマルテも今まで見過ごしてきた妻の本当の心を知って、身勝手だった自分を省みる。この過程が、自然に映し出されていていい。この「気づき」は、家族の新しい出発となっていく。相手を理解し思いやるという気づきによって、家族に新しい関係が築かれいく。新しい関係により家族はよりいっそう深い愛情でつながり、穏やかな絆で結ばれていくようだ。介護の現実は厳しいものだと思うが、この家族の様子は自然で、時にユーモラスに家族を捉えた監督の目線が暖かい。家族愛の大切さは十分に伝わってくる作品だと思う。認知症の母とともに訪れるドイツ南部、スイス。その情景も美しく映し出されている。★★★☆)加賀美まき


2017年3月25日土曜日

汚れたミルク あるセールスマンの告発

Tigers
 


2014年
監督:ダニス・タノヴィッチ
出演:イムラン・ハシュミ、ギータンジャリ、ダニー・ヒューストン、カーリド・アブダッラー
配給:ビターズエンド
公開:3月4日より新宿シネマカリテほかにて上映中
公式HP
www.bitters.co.jp/tanovic/milk.html

今や、完全母乳で赤ちゃんを育てる家庭はそう多くはなく、
たいていの家庭なら粉ミルクを子供に飲ませた経験があるだろう。
日本ではだから「粉ミルク」が問題になるとは、誰も思わない。
しかし国や地域が変わればそうはいかない。
もし粉ミルクを溶かす水が、十分に殺菌されていない、
汚染されている水だったら?
生まれたばかりの赤ちゃんは、
まず“母乳”で免疫力をつけるといわれている。
そしてまだ免疫力があまりついていない赤ちゃんが、
雑菌で汚染された水で溶かされた粉ミルクで育てられたら?

結婚したばかりの薬の営業マンのアヤンは、
幸運にも多国籍企業のラスタ社への転職に成功する。
ラスタ社が製造する粉ミルクの営業担当になったアヤンは、
上司からの豊富な資金を利用して、
決定権のある医師や薬局にうまく取り入っていく。
1997年、順風満帆だったアヤンだが、粉ミルクの不適切な使用で
多くの乳児が命を落としていることを知り、ショックを受ける。
自分が良かれと思って売っていた粉ミルクによって、
結果的に子供達が死んでいたのだ。
アヤンは仕事を辞め、企業を告発しようとするが、
そこには多くの障害があった…。

この映画の監督は、ボスニアの内戦を描いた
『ノーマンズ・ランド』でアカデミー外国語映画賞を受賞した、
ボスニア出身のダニス・タノヴィッチ
そんな彼が本作で選んだ題材の場所は、
ヨーロッパではなくパキスタンで実際に起きた事件だった。

まず、誤解なきよう。粉ミルク自体が、
赤ちゃんに害を与えるものではない。
しかし問題は、水道をひねれば消毒された水が飲めるという
先進国では当たり前のことが、
途上国ではそうではないということを知りつつ、
感染のリスクを周知させることなく販売したということだ。
主人公である営業熱心なアヤンは、「そういうものだ」と
教えられ、病院や薬局で力ある人たちに付け届けを送る。
今は知らないが、日本でも前はまったく同じことをやっていた。
自分が扱っている薬を、
その薬局で取り扱ってもらえれば利益が大きい。
なのでとにかく足で通って、情やあるいは“贈り物”で、
その商品を扱ってもらうようにしていた。
ここでは医師がすすめる粉ミルクなので、
当然出産後の母親はそれを購入して使うようになる。
しかし加熱、沸騰した水ではなく、
またミネラルウォーターのボトル水でもない。
パキスタンに限らないが、
途上国の上水は飲料に適していないところがある。
また、地域によっては井戸水を使っているところもあるだろう。
大人が飲んでも、まあ大丈夫程度の水でも、赤ちゃんは違う

もちろん、その結果、赤ちゃんが死んでも
粉ミルク自体のせいではない。
ただ問題は、そうした事件が起こっているのを知りながら、
企業が何ら注意喚起をもとめることもせず、またそれを放置して製品を売り続けたこと
だ。
そして、それが裁判沙汰になっても、
「下の人間が勝手にやったことで、組織ぐるみではない」と、
責任を回避する。
しかしそれは企業倫理に照らしてどうなのか。
法さえ犯していなければ、子供が死のうが
それは“自己責任”として「関係ない」のか。

この映画にひねりがあるのは、この大企業(ネスレ)から、
名誉毀損で訴えられる可能性があり、
裁判でも負ける可能性があるので、
ドキュメンタリーや再現ドラマというわけでなく、
この事件を取材してテレビ番組を作ろうとするスタッフが、
主人公であるアヤンに話を聞くという体をとっている。
そこでアヤンの証言自体の真偽が問われることがあり、
企業と食い違いがあって
証明できないものは、そのまま見せている。
判断は観客に任せているのだ。

ドキュメンタリーの製作会議に、法的に問題ないか弁護士がつくのも、ちょっと驚いた。

当然ながら本作はパキスタンで撮影できず
(大企業と政府はつながっているので)、インドで撮影
製作にインド資本も入っており、インド人のイムラン・ハシュミが主人公を演じている。
★★★

タレンタイム〜優しい歌

talentime


故ヤスミン・アフマド監督の伝説的な映画がついに劇場公開。





2009年/マレーシア (マレー語・タミル語・英語・広東語・北京語)
監督:ヤスミン・アフマド
出演:パメラ・チョン、マヘシュ・ジュガル・キショール、ホハマド・シャフィー・ナスウィ、ハワード・ホン・カーホウ、アディバ・ノールほか
配給: ムヴィオラ
上映時間:120
公開:  325()より イメージ・フォーラムほか全国順次ロードショー
公式サイト:/http://www.moviola.jp/talentime/




■ストーリー

マレーシアのとある高校。アディバ先生の鶴の一声で音楽コンクールタレンタイム(マレーシア英語=Talent Time/才能の時間)が開催されることになった。ユーロアジアンの家系のピアノの得意な女子高生ムルー、歌もギターも上手いマレー系のハフィズ、ニ胡の得意な中華系のカーホウはオーディションを勝ち抜いて行く。ムルーはその過程でインド系のマヘシュと運命的に出会い恋に落ちるが、周囲から祝福されない。それぞれの生徒が様々な想いを抱きながら、いよいよ発表会の当日を迎える。


■レビュー

今から遡ること8年前、東京国際映画祭でこの映画が上映された時のことをよく覚えている。場内が明るくなって周りを見渡すと、老若男女ほとんどの人が涙をぬぐっていた。引き続いておこなわれたゲストを招いてのQ&Aは、その年の7月に急逝したヤスミン監督の追悼の会となり、この映画の音楽を担当したピート・テオが歌を捧げ、司会者や通訳者も泣きながらの進行となった。ゲストのホー・ユーハン監督(『Raindogs』)が進行役を慰めるという事態である。後にも先にも、映画祭でこんな光景は観た事がない。(ちなみに僕はこの作品を2009年度の執筆者が選ぶベストテンで3位にランキングさせている)

ヤスミン・アフマド監督は2003年に44歳で長編映画の世界にデビューし、マレー系少女オーキッドと中華系少年ジェイソンと恋を描いた『細い目』(04)が脚光を浴び、同じく東京国際映画祭最優秀アジア賞を受賞する。多民族国家ゆえ、マレー系・中華系・インド系と民族内で住み分けられたマレーシア映画が多い中、民族間のセンシティヴな部分を描いた作品は当時としては珍しかった。その後、日本では彼女の特集上映が組まれ、いわゆるオーキッド4部作『ラブン』(’03)『細い目』(’04)『グブラ』(’05)『ムクシン』(’06)、宗教と家族を描いた『ムアラフー改心』(’07)の長編作すべてが紹介され映画ファンの間で大評判となった。

すべての作品に通底するのは寛容の精神であろうか。どの作品も内容・映画技術ともに卓越して素晴らしく、心動かされるものばかりだった。しかし、周りの女子ファンが大熱狂する中、ひねくれ者の自分としては、素直に評価できず、少し距離をもって彼女の作品群を眺めていた。監督はマレー系に属しているし、マジョリティ側の立ち位置から中華系を都合良く描いてるだけじゃないか?単なる中華迷(ファン)なだけではないか?と批判めいた思いもあった。出演する中華系のハンサムな男に比して、マイノリティであるインド系のぞんざいな扱いも気になっていた。

そんな懐疑を見事に覆してくれたのがこの遺作となった『タレンタイム』という作品だった。おそらくマレーシアの国家表象を試みた映画で、監督にとって集大成的な意味を持って挑んだ作品にちがいない。ユーロアジアン、マレー系、中華系、インド(タミル)系の生徒たちが異なる家庭環境・背景をもちながら、互いを知り、認め合うという筋書きをもっている。そのドラマの中心に据えられたのが、ユーロアジアンの血筋をもつムルーという少女と、ハンディキャップのあるタミル系の少年マヘシュとの祝福されない恋である。ハンディキャップのあるマヘシュは音楽を奏でることができないので、舞台にすら上がれないという設定だ。タミル系の置かれた政治状況が暗に重ねられている。

マイノリティを中心に据える一方で、マジョリティのマレー系のハフィズは歌もギターも上手い恵まれた少年かと思いきや、母親は癌で余命幾ばくもない状態だったりする。また、ムルーの家のお手伝いさんメイリンは中華系だがイスラムを信仰する女性として描かれる。民族のレッテルは無化されて、個という存在がクローズアップされる。ヤスミン監督の常套テクニックだが、我々は悉く先入観を覆されるのだ。偏見を取り去って真実を観る。理解はそこから始まるのだ。

トランプ政権発足の年にようやく劇場公開という因果なタイミングだが、ヤスミン・アフマド監督の思想はこんな時代だからこそより輝きを増すはずだ。「分断」の時代の光となる作品になることだろう。

カネコマサアキ(★★★★☆)

関連事項

マレーシア・アカデミー賞/監督賞はじめ主要4部門受賞





2017年3月22日水曜日

ヨーヨー・マと旅するシルクロード

 The Music of Strangers
  
  伝統と革新。異文化から生まれる音楽が伝えるメッセージ




2015年/アメリカ
監督:モーガン・ネヴィル(『バックコーラスの歌姫たち』)
出演:ヨーヨー・マ、ウー・マン、ケイハン・カルホール、クリスティーナ・パト、キナン・アズメ
配給:コムストック・グループ
公開:3月4日よりBunkamura ル・シネマほかにて公開中
公式HP:yoyomasilkroad.com/


「クラシックには興味ないよ」という人でも見て欲しい。
邦題にはヨーヨー・マの名が入っているが、
これはクラシック音楽の映画ではない。
世界のどこにでもある(あった)音楽でもあるし、
もしかしたら私たちが生きている間に
無くなる音楽
かもしれない。

ヨーヨー・マの名前は、クラシックファンでなくとも
聞いたことがあるだろう。
中国系だがパリ生まれニューヨーク育ちという、
複雑なアイデンティティーを持ち、
世界的なチェロ奏者に上り詰めた。
そんな彼がクラシック一辺倒でなくなったのは、1980年代に
アフリカでブッシュマンの音楽に触れたことからだという。
それから他ジャンルの音楽を意識するようになり、
2000年に世界各地の音楽家を集めワークショップを行う。
そこから始まったのが、「シルクロードプロジェクト」だ。

多国籍多人数からなる楽団を率い、
ヨーヨー・マは世界を回るようになる。
本作は、その活動を映したドキュメンタリーだが、
ヨーヨー以外におもに4人のミュージシャンにも焦点が当てられる。
イラン出身のケマンチェ奏者ケイハン、
シリア出身のクラリネット奏者キナン、
スペインのガリシア出身のバクパイプ奏者クリスティーナ、
中国出身の琵琶奏者ウー
だ。
それぞれの音楽的なバックボーンと現在に至るまでの道のりが示されるが、決して楽な道ではなく、それが今も続いている人もいる。
故郷で音楽を禁止されたもの、故郷を戦争で失ったもの、
故郷では他ジャンルの音楽との混淆を快く思われないもの、
外国暮らしが長いので故郷ではよそ者として扱われるもの…。
彼らの音楽の背景には、自分が故郷で培った
アイデンティーがあり、物語がある。

そして演奏が始まれば、そうしたものが一体化して、
すばらしい演奏がくりひろげられる。


現在、世界中で他者に対する排他的な方向へ
向かう不穏な空気があるが、
つくづく音楽、あるいは芸術を目指すものは
それとは逆の方を向いているのだなあと思う。
音楽の対極にあるのが、「戦争」だとも。

監督は『バックコーラスの歌姫たち』の人で、
あのドキュメンタリーもすばらしかったが、
本作もそれに負けず踊らず、すばらしい出来に
仕上がっている。
おすすめです!
★★★☆

2017年2月19日日曜日

王様のためのホログラム

A Hologram for the King



2016年
監督:トム・ティクヴァ(『クラウド・アトラス』)
出演:トム・ハンクス(『ハドソン川の奇跡』)、アレクサンダー・ブラック、サリタ・チョウドリー(『カーマ・スートラ/愛の教科書』)、ベン・ウィショー(『007スペクター』)
配給:アンプラグド
公開:2月10日よりTOHOシネマズシャンテ、ほかにて
公式HP :hologram-movie.jp


トーキングヘッズがまた最近気になっている。
流行った1980年代は背伸びして聴いた音楽だが、
いま聴き直してみるとリズムの組み立て方が実にカッコよく、
ボーカルのデビッド・バーンの奇抜さに隠れて、
いままでそんなに気づいていなかったのかな。

なんでこんなことを書くかというと、
この『王様たちのホログラム』、いきなりその
トーキングヘッズの代表曲『ワンス・イン・ア・ライフタイム』
のPV風に始まるからだ。なので、
「もしあなたが、家や妻や財産をすべて失ったら?」という
歌詞をトム・ハンクス扮する主人公が歌う
冒頭のPV風画面で、いきなり掴まれた。
ハンクスが目をさますと、そこは飛行機の中。
彼の周囲は巡礼者たちの団体で、コーランを暗誦している。
ここはサウジアラビアに向かう飛行機の中だったのだ。

紆余曲折がありながらも、人生の中盤までは順調に行き、会社の重役にまでなった主人公アラン。
しかし中国の企業に技術提供をしたことで結局はマーケットを奪われ、家族も財産も失い、今は娘を大学に行かすために、雇われた会社の営業でサウジアラビアのジェッダに向かっている。
彼が売り込むのは、3Dホログラムのテレビ会議システムだ。
しかし砂漠の中の“新経済都市”はまだ建設中で、
与えられたオフィスもテント。
プレゼン相手の国王もいつやってくるのかわからない。
そんな中で四苦八苦するうちに、
アランは新しい目標を見つけていく。

見終わってみると、王様もホログラムも出てくるが、
仕事を成功させることがこの映画のテーマではないことに気づく。
人はいつだって迷うことがある
幸せというか平穏な時は、
これがずっとこのまま続いて終わるんだと漠然と思っている。
不満もあり退屈かもしれないが、
それを失うことなんか考えてない。
しかし、転機は自分の意思とは関係なく訪れる
主人公アランは自分の意思でサウジアラビアにきたわけではない。
しかし自分のことを、誰一人として知らないこの異国の地に来た時、おそらくいままで何十年も、周りに流されて生きてきた自分を振り返ってみたにちがいない。
いままで失敗だと思っていたことも、
次への成功のためのステップにすぎなかったことかもしれないし、
そもそも成功も失敗もそれほど大差ないのかと。

旅シネ的には、ふだん映画ではなかなか見ることができない、
サウジアラビアの風景が見られて興味深い。

いや、外国人スタッフはサウジロケができずに、
モロッコで撮影したようだが。途中で車が道を間違えて、
非ムスリム立ち入り禁止区域のメッカ市内に入ってしまう
ところでハラハラしてしまうのは、こちらが旅人だからか。

あと、トム・ハンクスの担当医となる女医に
『カーマ・スートラ/愛の教科書』のサリタ・チョウドリーが
扮しているのだが、久しぶりだなあ〜、おばさんになっちゃったなあと感慨深いものがあった。

名作というほどではないが、ところどころ自分にシンクロしたので、
何度か見たくなる作品かもしれない。
旅人としては、目が覚めて自分が今どこにいるんだっけ的な、
感じがリアル(笑)
★★★

2017年2月2日木曜日

ホームレス ニューヨークと寝た男

Homme Less

夢を追い続けるには代償が必要だ。しかし代償のために夢がない生活はありえない



 

2014年
監督:トーマス・ヴィルテンゾーン
出演:マーク・レイ
配給:ミモザフィルムズ
公開:2017年1月28日よりヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて公開中


■レビュー


夢を追い続けるってどういうことだろう? 
子供のころに読んだ「アリとキリギリス」を思い出した。
子供のころは、「遊んでばかりいると惨めになるよ。
まじめに働けば幸せになるよ」
という話だと思っていた。
大人になってみれば、童話だけあっていろいろに解釈ができる。
芸術家のように自分の好きなことをしている人間は後で後悔する。
個をなくして社会の歯車になれば、幸せな老後が待っているという、
全体主義のプロパガンダにも読める。ナチスとかスターリンとか。

最初に予告編をみれば、このドキュメンタリーの
アウトラインはわかるだろう。
カメラが追うマークは、デザイナーズスーツを着こなす
ロマンスグレーのナイスミドル(53歳)。
元モデルだけあってカッコいい。
職業はフリーランスのファッション写真家。
街で見かけたモデルの写真を撮り、雑誌に売り込んでいる。
役者としても登録していて、たまに映画のチョイ役に出演。
しかし彼に家はない。
数年前からビルの屋上で、寝袋にくるまって生活しているのだ。
荷物はスポーツジムのロッカー4つ分。ジムでシャワーを浴び、洗濯。
夜はカフェをハシゴし、パソコン仕事だ。

見た目はリッチそうで、人生の勝ち組にしか見えないマーク。
誰も彼がホームレスだとは思わないだろう。
私たちがイメージする“ホームレス”と違い、彼の1日は忙しい。
朝は公園のトイレで、パリッとスーツに着替えて身支度し、
街中やファッションショー、ビーチなどに撮影に行く。
夜は深夜まで、カフェで写真のチェックに余念がない。
ビルの屋上に戻って寝るのは、夜の2時だ。
その日課は忙しいフリーランサーと大して変わらない。
家がないことを除けば。

映画の前半は、そんな彼の日々をカメラが追う。
ちなみに監督・撮影はマークの過去のモデル友達だ。
予告編にあるように、忙しそうに行動しているマークを見て、
「これは“持たない”を選択した、ちょっとカッコイイ生き方?」
と納得しかけた頃に、マークの本音が出てくる。
彼だって、こんな生活がいいなんて思ってはいないのだ。
彼だって部屋があり、彼女がいる生活を望んでいる。
しかし、現在のファッションフォトグラファーだけでは、
とうていニューヨークのアパルトマンに部屋を借りるほど
の収入があるわけではない。
かといって、自分が親しんだファッション業界から離れる決意もつかない。

僕は、これは
「ニューヨークという金のかかる美女に惚れてしまい、
その生活を続けるために無理している男」

の話のようにも見えてしまった。
少数の者にしか振り向いてくれない、高みにいる女。それがニューヨークだ。
そして、先の「アリとキリギリス」の話も。
僕もマークとほぼ同じ歳だ。
だから人生も半分を過ぎると、果たせなかった“自分の夢”に対する折り合いをつけなくてはならないことはよくわかっている。
夏は終わり、秋もそろそろ終盤。この先には人生の冬が待っている。
アリさんのように蓄えがあるわけではない。
キリギリスを選んだ人生を後悔してるわけではない。
もう一度人生があっても、アリではなくキリギリスを選ぶだろう
たぶんキリギリスとして生きている人は、みなそうじゃないか。
ただし、成功したキリギリスになれなかったことが残念だけで。

マークはまだ夢を追っている。
そして「どうしたらいい」という彼の迷いは、
キリギリスの道を選んだ人たちの悩みでもあるのだ。
だから、このドキュメンタリーを見ても、アリを選んだ人たちとキリギリスを選んだ人たちでは、感じ方は全く違うだろうな。
★★★☆

2017年1月27日金曜日

海は燃えている イタリア最南端の小さな島

イタリア最南端に位置するランペドゥーサ島。地中海を渡ってくる難民の玄関口になっているその島の現実と島民の生活を捉えたドキュメンタリー。

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FUOCOAMMARE

2016年/イタリア、フランス

監督:ジャンフランコ・ロージ
配給:ビターズ・エンド
上映時間:114分
公開:2017年2月11日(土)、Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開

●ストーリー

 イタリア最南端の島、ランペドゥーサ島。12歳の少年サムエレは手作りのパチンコで友だちと遊び、漁師たちはいつものように海に出る。刺繍に励む老女がいて、地元ラジオDJが島民からのリクエスト曲を流す‥島の人々は平穏な毎日を生きている。
 しかし、この島にはもう一つの顔がある。アフリカや中東から命がけで地中海を渡る難民・移民たちの玄関口になっているのだ。島には巨大な無線施設があり、港には多くの救助艇が停泊している。ひとたび救難要請が出れば、海は無線が飛び交い、ヘリコプターが出動し緊迫した様相を見せる‥。 

●レヴュー

 イタリア最南端のランペドゥーサ島は、シチリア島から南西に220キロ、チュニジアの海岸からは113キロの位置にある。船が浮いて見える絶景で知られる美しい海に囲まれた、人口5500人の小さな島だが、そこは、年間5万人を超える難民が押し寄せてくる場所でもある。ジャンフランコ・ロージ監督は、実際にこの島に移り住み、TVやニュースの報道では見えてこない島の真の姿を伝えてくれる。

 難民が何万と押し寄せ、混乱する島、そんな連想していたにもかかわらず、映し出される島民の日常はごく平穏なものであることに驚かされる。世界でも大きく報道された、2013年の密航船の火災・転覆事故の後、難民は海上で救出されると古い港に上陸し、抑留センターに送られ、身分確認で振り分けられるようになる。難民は隔絶され、島民と交わることがなくなったのだ。島民の平らかな日々の暮らしは、無邪気な少年サムエルを通して映し出され、一方、隔絶された難民センターの内部、難民たちの姿や声から過酷な現状が伝わってくる。
 監督が映し出す島のふたつの世界。それは、平穏に暮らす人々のすぐそばに、普通の生活を送ることすらできない人々の現実があることを教えてくれている。そして、国の平和やありふれた日常を送れることがどれだけ尊いことなのか、私たちは想像することができるだろう。事情は異なるが、難民の受け入れを極端に少ない日本ではなおのことだ。

 そしてこの作品のもう一つの視点となるのが、島民と難民を繋ぐ唯一の人物で、島でたった一人のバルトロ医師。長年、島民の健康を診てきたと同時に、30年間、救助された移民・難民の上陸全てに立ち会い、検死の役割も担ってきた。難民問題は大きな国際問題なのだが、人道救護の現場は彼のような人々によって支えている。最後に映し出される救助の様子は壮絶で胸を突かれる。★★★☆)加賀美まき

第66回ベルリン国際映画祭 金熊症<グランプリ>

第89回アカデミー賞 外国語映画賞 イタリア代表

2017年1月25日水曜日

旅シネ執筆者が選ぶ 2016年度ベスト10(前原利行、カネコマサアキ、加賀美まき)


前原利行(旅行・映画ライター)

2016年に観た映画は、スクリーン、DVD、新作、旧作合わせて146本。2015年が234本なのでかなり減ったが、作品的にはいいものが多く、とくに邦画の充実ぶりは追いきれなかったほどで、僕にしては珍しく4本、そしてアニメは3本入っている。
昨年はアメリカ映画が10本中8本だったが、今回は3本に減ってしまったが、レベルは高かったと思う。

1.サウルの息子(ネメシュ・ラースロー監督/ハンガリー)

 もう映画を見ている間、試写室の中がアウシュビッツのように感じられて辛かった。もう二度と見たくないと思ったが、映画館に高校生の息子を連れて行った。こんな世界が二度と来て欲しくないと彼にも思って欲しかった。今どきないスタンダードサイズの画面の、気づかなかった表現方法。文句なしにすばらしい。

2.キャロル(トッド・ヘインズ監督/アメリカ、イギリス)

 1950年代のレズビアンの話のどこが今日的か。ところが、彼女たちの気持ちは現在の男でもよくわかる。どこをとっても映画的な(小説ともテレビとも違う)濃厚な時間が味わえる作品。

3.ズートピア(リッチ・ムーア、バイロン・ハワード、ジャレド・ブッシュ共同監督/アメリカ)

 ノーマークだったが評判がいいので劇場に行ったら、クオリティの高さに驚いた。脚本には無駄なシーンばかりでなく、無駄な台詞もない。つまり、すべてが意味あってセリフが配置されているすばらしさ。「偏見」をテーマにし、ステロタイプの見方をしていた自分の中の偏見が途中で見事に覆される。すみませんでした。

4.シン・ゴジラ(庵野秀明、樋口真嗣監督/日本)
 映画を観出してもう途中から面白くて面白くて。ゴジラの東京破壊シーンは、SFの破壊シーンで久しぶりに呆然としてしまった。「ポスト3.11映画」としてもすばらしい。

5.AMY エイミー(アシフ・カパディア監督/イギリス、アメリカ)
 もう、映画を観ていて、「何とかならなかったのか〜」という気持ちでいっぱいになる。悪い大人が子どもをダメにする。生きていりゃ、この先いいこともあったかもしれないのにと。すぐCD買った。

6.ヒメアノ〜ル(吉田恵輔監督/日本)
 映画中盤のタイトルの出方、絶品。映画を観ていてものすごーく、嫌〜な気持ちになった。最初はあんなホノボノだったのに、森田演じる森田くんの底知れぬ闇の深さ。V6とか知らなかったので、完全にこういう人だと思って見てしまった(くらいうまい)。

7.ザ・ウォーク(ロバート・ゼメキス監督/アメリカ)

 ラストシーンで、なぜこの映画が“いま”なのか納得する。世界は変わってしまったのだ。あと、初めてひざがガクガクした3D映画。3Dの奥行き感をこれほどうまく出して映画はないのでは。日本でヒットせずに残念。

8.みかんの丘(ザザ・ウルシャゼ監督/エストニア、ジョージア)

 アブハジアに住むエストニア人の老人、グルジア人、チェチェン人らが登場し、戦争の無意味さを説教臭くなく、寓話とリアルを交えて語る。手塚治虫の短編漫画を読んでいるようなヒューマニズムにグッときた。

9.この世界の片隅に(片渕須直監督/日本)
10.君の名は。(新海誠監督/日本)

 世の中、この2本が比べられて、『この世界の片隅に』を褒めるのがツウ、『君の名は。』はヒットしたからダサい的な、書き込みが目につくが、僕はどちらもいい作品だと思う。それに目指しているものも、表現の仕方も違うんだし、両映画の製作に関わった人たちは、困惑しているのではないか。どちらもいいので、どちらも見ればいいと思う(『君の名は。』は作劇的に突っ込みたいところはあるが、大きな欠点にはなっていない)。

ベストテンには漏れたけれど、
作り手の意気込みが伝わってきて好きな他の作品は以下の通り。
『レヴェナント蘇えりし者』、『キャプテン・アメリカ/シビル・ウォー』、『ハドソン川の奇跡』、『マジカル・ガール』、『スティーブ・ジョブズ』
 で、逆に、「手を抜かないでもっとちゃんと作れよ!」と思った志が低いワースト作品は『ミュータントニンジャタートルズ影』、『ペット』、『スノーホワイト』、『X-MENアポカリプス』、『ジェイソン・ボーン』。つまんないというより、舐めるなって感じ。  



■カネコマサアキ(マンガ家、イラストレーター)

.痛ましき謎への子守唄(ラヴ・ディアス監督/フィリピン)
フィリピン建国の呪われた歴史を8時間超(!)という長尺で描くベルリン銀熊賞受賞作品。ホセ・リサール処刑後の独立革命派の権力闘争をリサールが著した小説の登場人物たちと交錯させるという試み。モノクロ映像、哀愁あるギターの音色、リサール辞世の詩を朗読するシーンが感動的だ。東京国際映画祭にて。ヴェネチア金獅子賞を獲った『The woman who left』が今年劇場公開予定。

.シン・ゴジラ(庵野秀明監督/日本)
あのゴジラが311〜原発事故のパロディになっていて、ぶったまげた。岡本喜八へのオマージュあったり、ゴジラがポケモンみたいに進化したり…。その重層性、批評性、徹底的な取材による作り込みにも驚かされた。岡本喜八も、大島渚もこれ観たら嫉妬するだろう。


.彼方から(ロレンソ・ビガス監督/ベネズエラ)
父親の愛情を受けられずトラウマを抱えた歯科技工士の中年男と不良少年が売買春で出会い、不器用に付き合って行く様子をベネズエラ・カラカスの街の喧騒の中に描く。愛し愛されることの躊躇いや屈折した愛情表現が何ともリアル。また、被写体深度の浅い画像が独特で“窃視”の感覚がグロテスクに伝わってくる。ヴェネツィア金獅子賞も納得。レインボー・リール映画祭にて。

4.光の墓(アピチャッポン・ウィラーセタクン監督/タイ)

5.ミスター・ノー・プロブレム(梅峰メイ・フォン監督/中国)
民国時代の重慶で農場管理を任される男は、地主と労働者のどちらにもいい顔をするため、経営は火の車。そこへ高等遊民の青年、新たな管理主任が訪れ改革をしようとするが…。過去を描いているが、現在の中国を見事に風刺しているところに文学的力量を感じる。モノクロの映像も素晴しかった。東京国際映画祭審査員特別賞。

6.彷徨える河(シーロ・ゲーラ監督/コロンビア)
同時期に五十嵐大介の漫画『海獣の子供』を読んだせいもあって、メッセージが心に響いた。先住民含め人類がかつて持っていた自然や宇宙に対しての知識がどれくらい失われてしまったのか案ずる。


7.ティクン〜世界の修復(アヴィシャイ・シヴァン監督/イスラエル)
真面目なユダヤ超正統派の神学生の青年が、ある日昏睡状態となり、人が変わったように夜の街を徘徊する。超正統派の生活を揶揄するようなアイロニーに満ちた作品だが、性に目覚めた青年の青春モノとしてみると結構切ないものがある。こちらも全編モノクロ映像で、特に霧のシーンの描写が素晴しかった。フィルメックス・イスラエル映画特集にて。

8. よみがえりの樹(張撼依チャン・ハンイ監督/中国)
陜西省の山間部。父と息子が林で薪を拾っていると、亡き妻の魂が息子に乗り移る。かつて住んでいた家(窰洞)の敷地に立つ結婚記念の樹を移植したいと彼女は願う。家族と土地の記憶を巡る切ない怪異譚。アピチャポン映画に肉薄しそうな内容で、画も映画技法も凝っていた。

9. 12人姉妹(リー・ブン・イム監督/カンボジア 1968年作)
戦火で失われたと思われていた作品だが、アメリカでタイ語版が発見され日本で修復された。カラフルで奇想天外な貴種流離譚に心酔する。地割れとか空駆ける馬とか情感ある特殊撮影も見事。恵比寿映像祭にて。
.
10. 大親父と、小親父と、その他の話(ファン・ダン・ジー監督/ベトナム)
写真学科の学生がクラブを経営する男とダンサーの女とつるんでいるが…。ほろ苦い青春モノかと思いきや、かなりアート志向で独特。ジェンダー、市場経済、人口制御のための精管切除など、社会の葛藤が94年のサイゴンを舞台に語られる。ベトナムのニュー・ウェイブもいい塩梅だ。大阪アジアン映画祭にて。


次点(入れ替え可能作品)
マンダレーへの道(ミディ・ジー監督/ミャンマー)
見習い(ブー・ジュンフェン監督/シンガポール)
裸足の季節(ドゥニズ・ガムゼ・エルグヴァン監督/トルコ)
暗殺(チェ・ドンフン/韓国)
師父(徐浩峰シュウ・ハイホン監督/中国)
最愛の子(ピーター・チャン監督/香港・中国)
山河ノスタルジー(賈樟柯ジャ・ジャンクー監督/中国)
ラサへの歩き方(張楊監督/中国・チベット)
ディーパンの闘い(ジャック・オーディアール監督/フランス・スリランカ)
ふきげんな過去(前田司郎監督/日本)
ヤクザと憲法(土方宏司監督/日本)
キャロル(トッド・ヘインズ監督/アメリカ)

去年は大阪アジアン映画祭、オリヴェイラ監督追悼特集、キアロスタミ監督追悼特集、東京国際映画祭、フィルメックスなどに通ったが、けっこうな数の邦画・ハリウッド系の話題作を観そびれてしまった。それでも日本映画が息を吹き返し、何か地殻変動が起きていることは伝わってくる。また、拙ベスト10のうちの4本がモノクロ映画で、その味わい深さも再認識した年だった。次点を12本も書いてしまったが、どれも入れ替え可能で、本当に甲乙つけがたい作品ばかり。(というか、こちらが表向きベスト10と言うべきか?)劇場公開されない(される予定がない)映画にも素晴しい映画があり、その存在を知らしむべく、いつものポリシーで書かせていただいた。


◾︎加賀美まき(造形エデュケーター) 
2016年の韓国映画はも昨年同様、残念ながら以前のような勢いを感じることができませんでした。その中では、ソン・ガンホ主演の「弁護人」がダントツで見応えがありました。ベスト5を選び、他 2作品は順不同です。

●韓国映画

1.「弁護人」 (ヤン・ウソク監督/韓国)
 実力派俳優ソン・ガンホ主演。ノ・ムヒョン元大統領をモデルに、地方の青年弁護士が冤罪事件の解決 に奔走し、人権派の弁護士として成長していく姿を描く。軍事政権下の1980年代当時の韓国の社会状況を知る作品。ソン・ガンホの上手さが光り、「未生」のイム・シワン、脇役のクァク・ドウォンも好演。

2.「暗殺」(チェ・ドンフン監督/韓国)
 日本統治下の韓国が舞台の本国大ヒット作品。親日派暗殺計画に様々な人物が絡み、目の離せない展開が続く。チョン・ジヒョン、イ・ジョンジェ、ハ・ジョンウ共演。日韓の歴史を知る機会になる作品。

3.「インサイダーズ 内部者たち」(ウ・ミンホ監督/韓国)
 イ・ビョンホン主演。チョ・スンウ、ペク・ユンシク共演で、腐敗した巨大権力をめぐる3人の男たちが仕掛け合、欲望渦まくサスペンスアクション。韓国映画のエグさが際立つ一作。

4.「あなた、その川を渡らないで」(チン・モヨン監督/韓国)
 韓国でもヒットしたドキュメンタリー作品。結婚76年目の老夫婦のささやか生活と、お互いを労わり愛情を分かち合う姿を描く秀作。海外の映画祭で多くの賞を受賞。

5.「華麗なるリベンジ」(イ・イルヒョン監督/韓国)
 無実の罪で収監された検事とイケメン詐欺師が手を組むというリベンジもの。ここ数年波に乗るファン・ジョンミンと今や中堅となったカン・ドンウォンのW主演で、二人の持ち味が生きたエンタメ作品。

●その他 順不同
・「プリースト 悪魔を葬る者」(チャン・ジェヒョン監督/韓国)
 悪魔払いを描いたオカルトサスペンス作品。キム・ユンソク、カン・ドンウォン共演。
・「ビューティー・インサイド」(ペク監督/韓国)
 目覚めるたびに老若男女に姿が変わる男性が主人公。斬新な設定のラブストーリー。

●韓国映画以外で印象深かった作品
彷徨える河(シーロ・ゲーラ監督/コロンビア、ベネズエラ、アルゼンチン)
最愛の子(ピーター・チャン監督/中国、香港)
クワイ河に虹をかけた男(満田康弘監督/日本)

太陽の下で —真実の北朝鮮—

Under the Sun

2015年

人間が全体のパーツのひとつとして生きるはどういうことか?


監督:ヴィタリー・マンスキー
出演:リ・ジンミ
配給:ハーク
公開:121日よりシネマート新宿にて公開中
公式HPtaiyono-shitade.com
レビュー
すでに私たちは、ニュース映像や断片的な情報で、
北朝鮮が前時代的な全体国家であることを知っている。
ただし、映像は基本的には国営放送が流すものなので、
管理されていない北朝鮮の姿を見ることはできない。
ではこのドキュメンタリーはどうなのか。

ロシアのドキュメンタリー作家であるマンスキー監督は、
2年にわたる交渉の結果、ようやく「北朝鮮に住む庶民の日常風景に密着取材する」許可 
をとる。
ドキュメンタリーの主役となるのは、
少年団にいる8才の少女ジンミ
金日成の誕生祭である「太陽節」で披露する踊りの練習に余念がない、
そんな姿を映し出すはずだった。
ところが、現地に着いてみるとシナリオができていて、
  北朝鮮側の監督OKを出すまで、ジンミや両親、
カメラに映る人々は何度でも演技のやり直しをさせられる。
カメラに映る会話は、すべてセリフがあり、
演出されたものだった。
しかも撮影されたテープは、すべてその日のうちに検閲を受ける。
そこでマンスキー監督は隠し撮りを決行する。
リハーサルや休憩時間の段階から録画スイッチを押したカメラを放置し、
映像を密かに持ち出していたのだ。
こうしてできあがったのが、このドキュメンタリーだ。

撮影が始まり、北朝鮮に渡ったマンスキー監督がまず驚いたのは、
ジンミの両親の職業が変えられていたこと。
北朝鮮では職業選択の自由はなく、全員公務員のようなものだから、
映画に合わせてその間に変えられていたのだ。
そしてジンミ一家が住む住宅には、生活感がない。
どうやら、本当は別のところに家があり、
そこから通っているのがアリアリなのだ。
ケガをした友達をみんなで見舞いに行くシーンを
何度もやり直すところがあり、  
「北朝鮮ではこれがドキュメンタリーなのか」と驚くだろう。
また、授業風景では思想統一のために何を教えているかもわかり、
まるでディストピアSF映画だ。

ラスト、ジンミちゃんに自分の言葉で話すように監督が問いかけると、
意表を突かれて困ってしまうジンミちゃん。  
ジンミちゃんが考えて出す言葉が、悲しくも恐ろしい
 
言いたいことも言えないし、やりたいこともできずに
一生を終えていく人生。 全体の中のパーツとしてしか人生を過ごせない、
それはまるでアリの一生だ。
そこには自分の意思というものがない
そして監視されている人たちだけでなく、
監視している者もまた誰かに監視されていている。

でもねえ、これを「かわいそうな人達」とひと事だと
思って見るのは、まちがいだ。
このディストピアは今もこの瞬間に存在するし、
その世界と私たちの世界は無縁ではない。
そして私たちの世界も、条件さえ揃えば、
すぐにこんな世界に変わることもあるだろう。
日本にだって、本人はまったく意識していないが
「服従」に居心地良さを感じている人たちがいる。
受け売りだけで、自分の言葉で語っていない人たちも。
私たちの世界が、50年後にこうなっていないとは限らないのだ。
★★★前原利行)
 
映画の背景

・監督は両親が生きたスターリン時代のソ連がどうだったか、また自分が若かった頃のソ連も知っているので、それが今も続いている北朝鮮に興味を持ったという。

・気になるのは、この映画を北朝鮮政府はどうみているのかということだが、プレスによればやはりロシア政府に上映中止を要求したとのこと。それにより、ロシア政府も公の映画館では上映禁止にし、この映画を非難した。監督は、現在ロシアを離れてラトビアに住んでいるという。

・映画を見たら、その後のジンミちゃんも気になるが、公式のアナウンスメントはない。