2016年1月24日日曜日

サウルの息子


Saul Fia

アウシュヴィッツで同胞をガス室に送り込むゾンダーコマンドのサウルが、息子の遺体を埋葬するために奔走する。強い衝撃を与える、力強い作品。



2015
監督:ネメシュ・ラースロー
出演:ルーリグ・ゲーザ、モルナール・レヴェンテ、ユルス・レチン
配給:ファインフィルムズ
公開:2016123日より新宿シネマカリテほか
上映時間:107分



●ストーリー


194410月のアウシュヴィッツ=ビルケナウ収容所。ナチスが収容所のユダヤ人から選抜した死体処理に従事する特殊部隊“ゾンダーコマンド”の一員として、サウルは働いていた。労働力にならない女性、子供、老人をガス室に送り込み、残った衣服を処分して金品を集める仕事だ。しかしゾンダーコマンド自身も、数ヶ月後には同じように殺されてしまう運命だった。ある日、サウルはガス室で生き残った少年を発見する。その少年は目の前ですぐに殺されてしまうが、サウルは少年の死体を盗み出し、ラビ(ユダヤ教の聖職者)のもとで埋葬しようとする。少年はサウルの息子だった。


●レヴュー

まちがいなく、今年のベストテン級、いや、現在のところ暫定1位の作品。しかしすごく感動したとか、良かったということでは語れないほど、強烈な映画だ。映画が4DXでアトラクション化しているこの世の中だが、この映画は昔のテレビと同じスタンダードサイズ(ほぼ四角)ながら、どんな大作映画よりも臨場感がある。それはまるで自分がその日、アウシュヴィッツに放り込まれているかのような、最悪の体験だ。かといって直接的なグロいシーンがアップで映し出されるわけではない。狭い画面の中でさらにピントは画面の中央のサウルにしか合っていないシーンも多いが、それが画面の隅でものすごく恐ろしいことが起きていることをより想像させるのだ。「地獄というものがあるとすれば、これじゃなくてなんだろう」と考えながら、暗闇の中でスクリーンを見つめ、2時間の地獄巡りに耐えた。

映画はほとんどピンボケのような画面で始まる。やがてサウルの背中を映し出すが、最初は何の場面か分からない。まもなく、収容所に列車で着いたユダヤ人たちが裸にされ、ガス室に送り込まれる。扉が閉まり、やがて中から悲鳴が聞こえてくるが、カメラは扉の外で虐殺が終るのを待っているサウルの無表情な顔をとらえ続ける。中がどんなことになっているかは、観客の想像に委ねられている。シーンが切り替わり、血や汚物にまみれた床を掃除するサウル。脇には裸の死体が積み上げられていく。その日もサウルにとっては同じような日だったろう。しかしそれはある少年の死によって変わる。サウルは少年の遺体を盗み、何とか埋葬しようとするのだ。サウルは少年を「息子」というが、それも本当に息子なのか、息子に似ていただけなのか、それはわからない。

すべての行為が無駄に思える収容所内で、なぜサウルは生きることでなく、埋葬にこだわるのか。それはユダヤ教では復活に備えるため、火葬は禁じられているかららしい。収容所内では虐殺の証拠を消すため、火葬した灰は川に流してしまうのだが、そのためサウルは自分の身の危険を冒しても死体を運び、ラビを探す。こんな場所で埋葬することに何の意味があるのか、生きるのに必死の仲間たちは無視するが、サウルにはそれがすべてだ。

そのサウルの背後で、ゾンダーコマンドたちによる蜂起の計画が立てられている。僕も初めて知ったのだが、実際に107日、アウシュヴィッツ=ビルケナウ収容所で武装蜂起が起こった。しかしそれはソ連軍が収容所を解放する3ヵ月前だった。また、映画の中で出てくるように、実際に隠し持ったカメラで収容所の様子が写されていたらしい。それは収容所で行われていることを、記録して伝えるという使命感からだったのだろう。ナチスは記録を残さないようにしていたからだ。

映画は終始息苦しい。そして収容所の中の状況は、いっそう絶望的になって行く。もし自分があの場にいたら? ネット上には「あれがオチ?」というコメントもあったが、ハリウッド映画しか見ていない人は、最後はアメリカ軍が助けにくると思っていたのだろうか。そういう意味では、見る人を選ぶ作品だろう。しかし、僕は心から、こんなことが二度と起きないようにと願わずにはいられない。今の世の中にあるちょっとした「差別」を見過ごし、再びこんなことが起きないためにも。必見。
★★★★前原利行


■関連情報

・第68回カンヌ国際映画祭グランプリ
・第73回ゴールデングローブ賞外国語映画賞
・第88回アカデミー賞外国語映画賞ノミネート中

2016年1月19日火曜日

旅シネ執筆者が選ぶ 2015年度ベスト10(前原利行、カネコマサアキ、加賀美まき)

■前原利行(旅行・映画ライター)

2015年は久しぶりに映画をたくさん見た年だった。スクリーン、DVD、新作、旧作合わせて234本。なので、作品的にも充実した中から選ぶことが出来たと思う。2014年は小粒の中に良作が多かったが、2015年は良質の大作も多く、とくにアメリカ映画では監督の世代交替がうまく進んだ。欧州の小品にも良作は少なくないのだが、「作為」が目立つと少しシラケてしまう。ベストテン中、8本がアメリカ映画になってしまった。あと、昨年のベストテンに入れられなかったが、今だったら『6才のボクが、大人になるまで』と『マップ・トゥ・ザ・スターズ』は入れるハズ。

1.マッドマックス 怒りのデスロード(ジョージ・ミラー監督/オーストラリア、アメリカ)
昨年の1位は『her/世界でひとつの彼女』だったが、同じ未来を描く作品でもこちらはデストピア。一本道を行って帰ってくるだけの映画だが、セリフに頼らずとにかくアクション、アクションでつづる。これ、意外に難しい。西部劇の名作『駅馬車』に匹敵する、アクション映画の鑑。2D、3D、4DXと3回観たが、2Dがおすすめ。

2.バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)(アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督/アメリカ)
イニャリトゥ監督は『21グラム』や『バベル』では作為が目立ったが、今回はその欠点をスピード感でカバーした。作為が嫌みに感じるよりも先に話が進行して行き、映画的には絶妙のタイム感。煽るアントニオ・サンチェズのドラムと、現在世界最高の撮影監督エマニエル・ルベツキ(何しろテレンス・マリックご指名の撮影監督だ)のサポートを得て、ついにブレイク。

3.海街diary(是枝裕和監督/日本)
今回唯一の日本映画。あまり邦画は観なかったもので…。俳優の演技が酷い邦画が多いが、是枝作品は演技プランは絶品で安心して観られる。今回の広瀬すずのキャスティングは、“奇跡”としかいいようがない。最高の実質デビュー作として、『時をかける少女』の原田知世、『ローマの休日』のオードリー・ヘップバーンと並ぶベストチョイス。綾瀬はるかも初めていいと思った。要は、俳優の使い方が非常に上手いということ。劇場で、何度も涙が出た。

4.セッション(デミアン・チャゼル監督/アメリカ)
ミュージシャンの中での賛否両論が話題になったが、ジャズ系は全否定、ロック系は肯定したというのが、この映画の立ち位置。鬼教師も上昇志向の強い生徒も共に嫌なヤツだが、何かに憑かれた(人としてはまちがっているが)情熱が、これほどすばらしい着地点を迎えるのは観ていてすばらしい。

5.アメリカン・スナイパー(クリント・イーストウッド監督/アメリカ)
これも賛否両論あったが、裏読みしすぎず、これは素直な反戦映画として受け止めるべき。これを観て、自分が戦争に行きたくなる人はいないだろう。イーストウッドは最初の狙撃シーンで、「戦争では女子供も殺さなくてはならない」と、人間性の崩壊の始りを明快に示している。

6.ラブ&マーシー 終らないメロディー(ビル・ポーラッド監督/アメリカ)
世間の評価はふつうだが、個人的にはツボにはまった。昨年の初夏は『ペットサウンズ』と『スマイル』ばかり聴いていた。とくに若いブライアンを演じていたポール・ダノは絶品(キューザックは似ていないけれど)。時代考証もバッチリ。自分の心の友の映画になる作品。

7.ミッション・インポッシブル/ローグネイション(クリストファー・マッカリー監督/アメリカ)
試行錯誤して来たこのシリーズも、前作『ゴーストプロトコル』で路線が決定。そしてこのシリーズ最高傑作につながった。昨年は多くのスパイ映画が公開されたけれど(レベルはみな高い)、本作が一番。チームワークこそこのシリーズの醍醐味であり、それが活きた作品だ。

8.スター・ウォーズ/フォースの覚醒(J・J・エイブラハム監督/アメリカ)
いろいろ批判もあるが、現時点で最良のシリーズ続編になったと思う。旧シリーズファンには不評だったEP1〜3までの問題点を克服して、青春ヒーローものに回帰しようとする橋渡しだ。次作で旧シリーズのメンバーが退場すれば、うまく世代交替が出来そう。ハリソン・フォードがきちんと演技しているのに驚き。

9.サンドラの週末(ダルデンヌ兄弟監督/ベルギー、フランス、イタリア)

小品だが、ダルデンヌ兄弟作品なので悪かろうはない。ダルデンヌ作品で初めての大スター起用だが、それがうまくいっている。コティヤールはやっぱりうまく、観客も感情移入できる。「仕事がない」焦りはよくわかるだけに、同僚を説得して行く過程でサンドラの心がすり減って行くのが辛い。ラストの小さな勝利は、これしかない最高のエンディング。

10.アントマン(ペイトン・リード監督/アメリカ)
『エイジ・オブ・ウルトロン』よりも面白かった。スタッフに僕の好きな英米コメディ映画界のベテランが揃っており、まさに自分好みのヒーローもの。

ベストテンには漏れたけれど、気に入っている他の作品は以下の通り。日によって気分で、入れ替え可能。『君が生きた証』、『女神は二度微笑む』、『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』、『ジェームズ・ブラウン〜最高の魂を持つ男〜』、『草原の実験』、『裁かれるは善人のみ』

■カネコマサアキ(マンガ家、イラストレーター)

1.神々のたそがれ(アレクセイ・ゲルマン監督/ロシア)
『フルスタリョフ、車を!』で知られる監督の遺作。ストルガツキー兄弟の原作からインスパイアされたSFだが、地球より800年遅れたある惑星の混乱した中世時代をルマータという男(神)が俯瞰する。ぬかるみ・死体・糞尿の中を這いずり回るカメラ。その圧倒的な熱量に度肝を抜かれる。たぶんカラーだったら吐いてたかも。監督は案外タルコフスキーの『アンドレ・ルブリョフ』を目指したのかもしれない。

2.凱里ブルース(畢贛ビー・ガン監督/中国)
貴州省・凱里の診療所で働く過去のある男が小学生の甥っ子の行方を探しに鎮遠の街に迷い込む。そこは過去と未来が混濁したような場所だった。圧巻の40分に渡る長回しテイク。その詩情と映画的冒険にシビれる。ジャ・ジャンクーに継ぐ中国の新たな才能かも。中国インディペンデント映画祭にて。

3.夜間飛行(イ=ソン・ヒイル監督/韓国)
ゲイを自覚する優等生の高校生と貧困家庭の不良少年の愛憎半ばの友情関係を描きながら、いじめや格差社会など韓国社会の暗部を鋭くえぐる。クライマックスは『日本侠客伝』の高倉健かと思うくらいに圧倒された。東京国際レズビアン&ゲイ映画祭にて。

4.雪の轍(ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督/トルコ)
カッパドキアのホテルを所有する地主の男と若い妻。「善意は地獄の道へ通じる」というアフォリズムを基に世界を俯瞰する。昨年の収穫の一つはジェイラン監督作品に出会えたこと。雪景色、滋味ある人間描写と会話劇に心酔。特集上映で観た『冬の街』、『昔々、アナトリア』も秀作だった。                                                                   
5.黒衣の刺客(候孝賢監督/台湾)
唐時代末期の地方の政変を描いているが、今の台湾の政治状況とオーバーラップ。シルクロードを思わせる胡旋舞から日本の雅楽まで。候孝賢監督の辺境論ともいえそう。唐文化が色濃く残る京都の寺をロケ地にしたり、完璧なまでの映像美に酔いしれる。

6.ザ・トライブ(ミロスラヴ・スラボシュビツキー監督/ウクライナ)
聾啞の寄宿学校で繰り広げられる仁義なき戦い。出演者は全員ろう者。字幕もなし。意味を汲み取ろうとするので観る側も真剣に注視する。ウクライナの政治状況も彷彿とさせ、噂通り問題作だった。

7.セッション(デミアン・チャゼル監督/アメリカ)
アメリカ映画は『バードマン』や『フォックスキャッチャー』を含め、日本映画で言う “芸道もの”“師弟もの”がなぜか際立っていた。SとMか?といわんばかりの危うい共依存関係。それを乗り超えたものだけが手に出来る地平。芸道に生きる身として(?)グサリと胸に刺さる。

8.女神は二度微笑む (スジョイ・ゴーシュ監督/インド)
久しぶりに映画で味わった大どんでん返しと極上のミステリ。コルカタの街並みも良かった。

9. 黒い雌鳥(ミン・バハドゥル・バム監督/ネパール)
姉から預かった雌鶏を父親に売られてしまった不可触民の少年。雌鶏を取り戻すために友達と危険な旅に出る。カーストの違う少年の友情とネパール内戦下の政治状況を活写した秀作。ネパール版『生まれてはみたけれど』。フィルメックスにて。

10. GIE(リリ・リザ監督/インドネシア)
政治運動のリーダー、ジャーナリストとして生き、27才の若さで亡くなった中華系インドネシア人スー・ホッ・ギーの生涯を描いた作品。2005年の作品なのだが、あまりに素晴らしいのでここにねじ込むことに。こんな傑作が一部の映画祭で上映されただけで終わるのはもったいない。「現代アジアの作家たち 福岡市総合図書館コレクションより」。

次点.(入れ替え可能作品。こちらも傑作ぞろい!)
コードネームは孫中山(易智言イー・ツーイェン監督/台湾)
酔生夢死(張作驥チャン・ツォーチ監督/台湾)
タルロ(ペマ・ツェテン監督/中国・チベット)
消失点(ジャッカワーン・ニンタムロン監督/タイ)
サービス(ブリランテ・メンドーサ監督/フィリピン)
恋人たち(橋口亮輔監督/日本)
国際市場で逢いましょう(ユン・ジェギュン監督/韓国)
KANO〜海の向こうの甲子園(馬志翔監督/台湾)

昨年はアジア系映画特集が思いのほかたくさんあり、条件反射で通ってしまう。(もうそろそろほどほどにしたいんですが)「現代アジア映画の作家たち 福岡市総合図書館コレクションより」、「第10回大阪アジアン映画祭」、「1960・70年代日韓名作映画祭」「SOUND OF SILENCE〜中国無声映画と音楽の会」「トルコ映画の巨匠:ヌリ・ビルゲ・ジェイラン映画祭」「第28東京国際映画祭」「第16フィルメックス」「第5回中国インディペンデント映画祭」「韓国映画1934-1959 創造と開花」。新作も大豊作で、ベスト10に絞り込むのが歯がゆいくらいだ。フィルメックスで観た『最愛の子』『山河ノスタルジー』も秀作だが今年公開されるので見送ることに。


■加賀美まき(造形エデュケーター)

<韓国映画>
2015年は、本国での大ヒット作が2本公開されました。全体としては、社会派のドラマやサスペンス作品が中心で見応えはありましたが、以前の勢いがない気もします。今年もいいラブコメ作品が見当たらず、また、良作が劇場公開されずにDVDストレートとなったことも少し残念でした。

1.国際市場で逢いましょう(ユン・ジェギュン監督/韓国)
朝鮮戦争下からその後の激動の時代を、家族を守るため必死に生きた男の姿を描いた涙あり笑いありの感動作。ファン・ジョンミン演じる主人公ドクスだからこそ共感をもたらしたと思います。実在の人物も登場し、主人公との絡も一興。盛り込まれたエピソードから韓国の知られざる歴史を再認識。

2.ベテラン(リュ・スンワン監督/韓国)

リュ・スンワン監督の痛快活劇アクション。こちらもファン・ジョンミン主演で、男気溢れる熱血刑事役を熱演。敵対する最悪な財閥3世役をユ・アインが小癪に演じ、2人の絡みは見ものです。リュ監督らしいテンポのいい展開。明洞のど真ん中で撮影したというバトルシーンも必見です。

3.ハン・ゴンジュ 17歳の涙(イ・スジン監督/韓国)
学校を追われ転校した女子高生。実は彼女の方が同級生に輪姦された被害者で、徐々に真実が明らかになっていきます。その後も続いていく不条理が語られ、非情な親、教師、警察など周囲の人間たちも同類の加害なのだと気付かされます。主演チョン・ウヒが素晴らしく、久しぶりに秀作を観ました。

4.海にかかる霧(シム・ソンボ監督/韓国)
2001年に発生した「テチャン号事件」を基にした戯曲の映画化。中国人密航に手を貸した漁船が、海霧に包まれた海上で予想外の事態に巻き込まれていきます。狂気の展開に息をのむクライム・サスペンスは、『殺人の追憶』『スノーピアサー』のポン・ジュノの脚本と製作。

5.私の少女(チョン・ジュリ監督/韓国)

地方の警察署長に左遷されたエリート女性警察官と、母親に捨てられ養父や周囲から暴行嫌がらせを受ける不遇な少女との交流を描く、社会問題を多分に含んだ社会派ドラマ。ペ・ドゥナは流石ですが、『冬の小鳥』『アジョシ』のキム・セロンの、演技と思えないレベルの上手さに舌を巻きました。

6.無頼漢 乾いた罪(オ・スンウク監督/韓国)
一匹狼で手段を選ばない冷酷な刑事と、彼が追っている殺人事件の容疑者の恋人。互い関係の変化に翻弄される男女の姿を、演技派のキム・ナムギルとチョン・ドヨンの二人が絶妙な距離感で演じています。全体の暗く湿ったトーンに二人の色気が絡み、引き込まれました。

7.コンフェッション 友の告白(イ・ドユン監督/韓国)
高校時代から固い友情で結ばれてきた、性格の違う3人の男たち。ある事件を機に彼らの運命が大きく変わっていく。罪の意識、友への疑念といった心の葛藤をテレビドラマで活躍するチソン、イ・グァンスと『私は王である!』などのチュ・ジフンが好演し、予想外の佳作に。

8.技術者たち(キム・ホンソン監督/韓国)

最強犯罪チームが挑む強奪計画。騙し騙されのスリリングな展開で楽しめます。主演のキム・ウビンは、アクの強い役柄から一転、今回は爽快な詐欺師&金庫破りでなかなか魅力的です。微妙な取り合わせかと思われた、仲間役コ・チャンソク、イ・ヒョヌとの相性が不思議とよく、楽しめます。

9.江南ブルース(ユ・ハ監督/韓国)
1970年代のソウル江南地区が舞台。開発前夜の土地を巡る男達の物語で『マルチュク青春通り』『卑劣な街』のユ・ハ監督3部作の完結編とのこと。主人公となる義兄弟を演じたキム・レオンとイ・ミンホ。対比的な性格の役柄なのに雰囲気が似すぎ‥でしたがファン垂涎のカッコよさです!

10.世界で一番愛しい君へ(イ・ジェヨン監督/韓国)
17歳で親になった若い夫婦と、早老症を患った17歳の息子(体は80歳で余命も僅か)の物語。子供を見守る優しい父親役カン・ドンウォンと、気丈な母親役ソン・ヘギョは相性ピッタリで、ふたりの制服姿も見もの。難病ものですが、爽やかな感動を呼ぶ作品です。ドンウォン・ファンとして『群盗』ではなくこちらをランクイン。

次点…タチャ 神の手(カン・ヒョンチョル監督/韓国)
人気グループBIGBANGのTOP(チェ・スンヒョン)主演。『タチャ いかさま師』から8年。賭博師コニを叔父にもつテギルが、その世界に飛び込み、命がけの勝負を繰り広げます。懐かしい面々も登場し、ファンには嬉しいですが、前作を超えられずの印象。

●韓国映画以外で、印象に残った5点(順不同)
「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」
     (アレハンドロ・ゴンザレス・イリャリトゥ監督/アメリカ)
「KANO 1931海の向こうの甲子園」(マー・ジーシアン監督/台湾)
「黒衣の刺客」(ホウ・シャオツェン監督/台湾・中国・香港・フランス)
「おみおくりの作法」(ウベルト・バソリニーニ監督/イギリス・イタリア)
「サンドラの週末」(ジャン=ピエール・ダルデンヌ監督/ベルギー・フランス・イタリア)


2016年1月16日土曜日

千年医師物語 ペルシアの彼方へ


The Physician

中世のペルシアのイスファハンに医療を学びに行く、イングランドの若者。ベストセラー小説の映画化。




2013
監督:フィリップ・シュテルツェル(『アイガー北壁』)
原作:ノア・ゴードン
出演:トム・ペイン、ステラン・スカルスガルド(『ドラゴン・タトゥーの女』)、ベン・キングズレー(『ガンジー』)
配給:アークエンタテインメント/東北新社
公開:2016116日より有楽町スバル座ほかにて公開中

●ストーリー

迷信とキリスト教が支配する、11世紀のイングランド。当時は“医療”と呼べるものはなく、治療は旅回りの“理髪師”が行うものだった。母親を“脇腹の痛み”の病で、亡くした幼いロブは、その日からその治療法を見つけたいと願うようになり、理髪師に弟子入りする。国中を回り、その技術を身につけていったロブだが、やがてユダヤ人医師が高度な外科手術ができることを知る。さらにその医師が学んだのはペルシアの高名な医師イブン・シーナであることを知ったロブは、彼がいるイスファハンを目指す。ロブはキリスト教徒であることを隠し、ユダヤ教徒を装ってイスファハンへと向かうが、その道は困難を極めていた。

●レヴュー

原作は、世界中でベストセラーを記録したアメリカ人作家ノア・ゴードンの「千年医師物語」。3部作からなる小説だが、本作はそのうちの第1部となる「ペルシアの彼方へ」の映画化だ。日本でも90年代に売れたと思うので、ずいぶん遅い映画化、しかもハリウッドではなくドイツで大作映画として製作されたというところに、映画化への難しさがあるのだろう。主人公が“医者”ということで、派手なアクションや立ち回りはなく、クライマックスが“治療”ともなれば、映画としては地味と踏んだのかもしれない。

原作は私も読んだが、文庫で上下の長編なので、映画化に際しては思い切った省略がなされている。個人的にはイスファハンに着くまでの主人公の苦労が、当時の旅の雰囲気を知ることができて面白かった部分だが、そこが映画ではあっさり削られたのが残念。ただ、映画としてはここを切るのはわかる。あとは、ヒロインのキャラクターがほぼ別人に変更。原作では、主人公とヒロインの恋物語がかなりメインなのだが、映画ではこちらはちょっと添え物。むしろイブン・シーナとの師弟関係を中心に進んで行く。これは、シーナ役にビッグネームが来た配慮なのかはわからない(笑)

さて映画は、キリスト教の影響が強かった中世のイングランドから始まる。ヨーロッパでは医学や科学は“魔術”として疎まれていたこの時代に、医療を目指すひとりの若者がペルシアを目指す。当時のイスラム圏は、ヨーロッパでは絶えてしまったギリシア哲学や医学を継承していた。そのため、ヨーロッパの知識人は、アラビア語に翻訳されたギリシアの文献を求め、当時はイスラム圏だったトレドやコルドバに向かったという。この物語は、「もし、中世に生きる若者がペルシアまで旅をしたら」というフィクションと史実を組み合わせた、歴史ドラマだ。司馬遼太郎の歴史小説よろしく、そこに生きた人物を通して歴史を語るのだ。冒頭の中世イングランドの、医療以前のダメダメ感はなかなかよく描けていると思う。主人公ロブが最初に師にする“理髪師”役のステラン・スカルスガルドも珍しく“いい人”役で好演。

先にも書いたが、当時、イングランドからペルシアまで行くには相当の苦労が必要だった。言葉や資金、そして安全など、問題は山積みだったからだ。先にも書いたが、原作ではユダヤ人に化ける苦労などが詳細に書かれ面白かったが、映画ではバレないように自分で割礼を施すシーンがあるぐらい。さて、イスファハンにたどりついた主人公。当時の町の再現が映画の見どころだが、あまり資料や建築物が残っていない時代なので(「王の広場」に代表される現在のイスファハンは16世紀にサファビー朝の都になってからのもの)、城壁に囲まれた中世の城下町風に描かれている。彼は運良くここでイブン・シーナに弟子入りすることができ、当時の医学の最先端を学ぶ。イブン・シーナは中央アジアのブハラ近くで生まれ、サーマーン朝に仕えていたが、その滅亡後はイランのブワイフ朝に仕官し、ハマダンやイスファハンに住んでいた。実際は医学者だけでなく、哲学や自然科学にも造詣が深く、また宰相として政治実務もこなす人だった。

映画は主人公とシーナの師弟関係を軸に、母を奪った病気の解明のために“人体解剖”の禁を犯す主人公、そして人妻となったヒロインとの恋、イスファハンの君主との関係を描いていく。当時のブワイフ朝はシーア派で、それを滅ぼすセルジューク朝はスンナ派なのだが、その対立は映画では国内の世俗主義と原理主義の対立という構図に置き換えている。それは、宗教の原理主義は、ときに科学的な医学を敵視し、人類の進歩を阻もうとすることもあるという、今日にも通じる問題だからだ。

と、このように歴史好きにはかなり面白い話なのだが、時代考証はあまり正確ではない面もある。しかしこれは作者が無知というわけでなく、主人公がイスファハンに滞在している短い期間に、その前後100年ぐらいに社会で起きた変動や事件を盛込もうとするためで、映画的には仕方がないだろう。それよりも話の運びが人間味を掘り下げるよりも、ストーリーを進めることに腐心した結果だからだろうか、テレビ的。主人公とヒロインの俳優に魅力がないほうが、本作の物足りなさに影響している。脇は演技力のある俳優が占めているので、そのシーンは重量感があるのだが。2時間半の大作だが、これはテレビシリーズでやったほうが良かったかもしれない。題材は面白かったので☆オマケ。★★★前原利行

■関連情報

イラン政府はこの映画を、イランに悪意があるハリウッド映画としています。この記事が面白いのでご覧ください。ただし、この記事にあるように「イブン・シーナーとその弟子が処刑される」ことはないので(されそうになる)、そこはスルーしてください。映画は反イスラム的というより、反原理主義というほうが正しいのですが、イラン自体原理主義国家なのでそこが癇に障るのでしょう。科学が宗教の上に来ることはあってはならないですからね。映画(原作)の脚色は、悪意がある改変でなければ、時間制限のある映画では仕方がないですよね。まあ、すべての改変が“悪意”とすれば、もうどうしようもないですけれど。

2016年1月15日金曜日

ブリッジ・オブ・スパイ


Bridge of Spies

敵は外にも内にもいる。その中で信念を貫くには…。スピルバーグの新作は見応えのある力作



2015
監督:スティーブン・スピルバーグ(『ジュラシック・パーク』『リンカーン』)
脚本:イーサン&ジョエル・コーエン(『ファーゴ』『ノーカントリー』)、マット・チャーマン
出演:トム・ハンクス(『フォレスト・ガンプ』『プラベート・ライアン』)、マーク・ライランス(『インティマシー/親密』)、エイミー・ライアン(『ゴーン・ベイビー・ゴーン』)
配給:20世紀フォックス映画
公開:201618日より全国にて公開中
劇場情報:全国

●ストーリー

ときは冷戦下のアメリカ。ニューヨークでひとりの男が逮捕された。彼はソ連の将校のアベルで、スパイ活動を行っていたのだ。そのアベルの国選弁護人を引き受けることになったドノヴァンは、彼に公平な裁判を受けさせるため、世論の批判や脅迫を受ける中、弁護に力を尽くす。ドノヴァンの力もあり、アベルは死刑ではなく懲役刑になり、二人の間に信頼関係が生まれた。その5年後、今度はソ連の領空内でスパイ活動を行っていた米軍のU2偵察機が撃墜され、パイロットが拘束されるという事件が起きる。機密が漏れる前にと、CIAはパワーズとアベルの捕虜交換を画策。その代理人にドノヴァンが選ばれる。

●レヴュー

この「旅行人シネマ倶楽部」で取り上げるにはメジャーすぎる映画かもしれないが、公開前の宣伝も盛り上がっておらず、観る人も少ない中、公開が終ってしまうのではないかと思い、ここで紹介することにした。かつて「スピルバーグ作品」といえば、大々的に宣伝されたものだが、彼自身もいまでは「地味だが自分の撮りたい作品を作る」方向に向かっており、近年では娯楽大作で磨いたテクニックを、良質な小品に使っている。前作にあたる『リンカーン』がまさにそうで、派手な戦争スペクタクルと偉大な偉人伝を期待した人は拍子抜けしたに違いない。戦闘シーンはオープニングにあるだけで、映画の大半は法案を可決させようとするリンカーンが、ワイロや取引など清濁合わせて、何とか反対派を取り込もうとする、屋内劇だったからだ。そこで奴隷制廃止法案を通すにリンカーンが手こずるのは、消極的ながら奴隷制を認める人たちではなく、逆のもっと過激な奴隷解放論者だった。妥協しながらも、ある一線だけは超えないという信念を貫くことがいかに難しいかを描いた、“大人の”映画だった。

本作もそうした“大人”を描いている。たぶん、『ミュンヘン』を撮ったあたりから、スピルバーグは「理想のためには人を傷つけることもいとわない世界中の原理主義者」たちにうんざりしているに違いない。映画の舞台は、アメリカとソ連が緊迫して対立していた、19501960年代の冷戦下。今では世界史の教科書の中のできごとだが、このU2撃墜事件の2年後の1962年には有名な「キューバ危機」が起き、世界は第三次世界大戦の一歩手前まで行ったのだ。アメリカを“恐怖”が支配し、「やられる前にやってしまえ」的な気分が襲う。そんな中で起きたスパイ事件だから、“極刑”を求めるアメリカ国民の声は大きかった。国家同士は、強気の発言をしながら水面下では落としどころを探って行く。しかし、煽られてしまった国民はそうはいかない。もっとも過激な意見が正論になる。たとえば現在の日本で、最終的に現実的なところで阿部政権が周辺国と“手打ち”をしても、それを喜ばない人も多いだろう。ガンディーを暗殺したのも、ラビン首相を暗殺したのも、“相手側”ではなく、右翼だった。なので本作で描かれるように、自国民が少しでも相手国の味方になるように映れば、それは“裏切り者”として批判する対象となるのだ。

スピルバーグが本作を映画化しようと思ったのは、現代に再び蘇ったそんな風潮をダイレクトに描くより“過去”の話として語ることで、「この現在も時が経てば冷静に何が正しかったかがわかる」という思いを込めてのことだろう。その時の感情や熱情、もしくは国策で、法を変えていいのか。もしそれができるなら、非常に危険ではないかと。スピルバーグはアメリカが好きだが、それは“法治国家”として機能しているアメリカなのだ。

映画の後半の舞台は、壁がまさに造られていくベルリンに移る。壁が作られて行く姿は、映像として観た記憶がないので新鮮だ。通りの真ん中に突然ブロックを積んで行くのだから、本当に帰れなくなった人もいるのがよく分かる。この双方を遮る“壁”と対照的に描かれているのが、スパイ交換に選ばれた“橋”だ。こちらは双方を結ぶ“架け橋”の象徴だ。ドノヴァンが東ベルリンで出合う交渉相手も、会ってみればアメリカ側とそう変わらない。向こうも不安で、こちらの出方を探っているのだ。そして敵も味方も“愛国心”には変わりない。楽観的な結論かも知れないが、戦争のきっかけとなる“恐怖”もまた自分が創り出すもの。それを抑えれば戦争は回避できるし、自分の恐怖に負ければ戦争が起きるのだ。直球勝負の良作だが、見る人は少ないのだろうなあ…。★★★☆

●関連情報

同時期公開されている『完全なるチゥックメイト』も、東西冷戦下で踊らされる人々を描いている。合わせて見ることをおすすめする。

2016年1月11日月曜日

最愛の子

3歳の息子が3年後によその子となって見つかった・・。
中国で実際に起こった誘拐事件を基に、親たちの至上の愛情を描くヒューマンドラマ。


親愛的/DEAREST
 
2014年/中国・香港
監督:ピーター・チャン
脚本:チャン・ジー
出演:ヴィッキー・チャオ、ホアン・ボー、トン・ダーウェイ、ハオ・レイ、チャン・イー
配給:ハピネット、ビターズ・エンド
上映時間:130分
公開:2016年1月16日(土)、シネスイッチ・銀座ほか全国順次ロードショー


●ストーリー

 中国・圳の下町。ある日、ティエン(ホアン・ボー)の3歳の息子ポンポンが突然姿を消してしまう。別れた妻ジュアン(ハオ・レイ)と一緒に必死で愛する息子を探すが、警察に届け出て、インターネットを使って情報を求めてもその消息は掴めなかった。罪の意識と後悔に苛まれながらも、かすかな希望を胸に探し続けた3年後、二人は中国北部の村に暮らす息子をようやく見つけ出す。 だが、6歳になった彼は実の親のことを何一つ覚えておらず、育ての親である母ホンチン(ヴィッキー・チャオ)や幼い妹との別れを嘆き悲しむのだった…。

●レビュー

 年間20万人の子どもが行方不明になると言われている中国。本作は、2008年に誘拐された男の子が3年後、両親の元に戻ったという実際に起こった事件が基となっている。

 ある日、人が行き交う都会で、3歳の男の子を何者かが抱きかかえて連れ去ってしまう。前半は、離婚していた夫婦が、愛する息子を一緒に探す姿を追っている。24時間経たないと事件として扱わない警察、組織的な児童誘拐の実態や金目当てにニセ情報を寄せてくる輩など、彼らを取り巻く不条理を盛り込みながら、手がかりすら見つけられない両親の苛立ちや苦悩が描かれる。元妻は次第に心が疲弊していき、子どもが行方不明となった親たちの会で心の内を吐露する。元夫婦が、一連の出来事を通じて関係を変化させていく過程の描きかたが秀逸で、元妻を支えながら、気丈に息子を探し続ける父親をホアン・ボーが見事に演じている。

 そして3年後、遠く離れた農村で育てられていた息子が見つかる。しかし、実の両親のことを息子は何も覚えていなかった。後半は、元夫婦の新たな苦悩と、亡き夫が深の女に産ませた子どもを連れてきたと信じていた育ての母親の難儀を軸に新たな物語が展開していく。都会と農村の格差や一人っ子政策の実情、子どもの連れ去りや置き去りが引き起こす現代中国の闇をあぶり出しながら、失った子どもを必死に取り戻そうとする女性の姿とその悲哀が見事に描かれる。母親役をほぼノーメークで演じたヴィッキー・チャオ。彼女の凜とした姿が後半の物語を実のあるものにしていると思う。

 「ラブソング」「ウォーロード」のピーター・チャン監督は、子どもの誘拐をテーマにしながら、現代の中国社会にある多くの問題と、そこに巻き込まれる人間模様を見事に織り込んでいて心憎い。子に対する親の愛情は、深く至上なものだと感じさせる作品として見応えがある。(★★★★


2016年1月9日土曜日

世紀の光


Syndromes and A Century

『ブンミおじさんの森』アピチャッポン監督の幻の傑作が劇場初公開



2006年/タイ+フランス+オーストリア
制作・監督・脚本:アピッチャポン・ウィーラセタクン
出演:サクダー・ケーオブアディ、ジェーンジラー・ポンパット
配給:ムヴィオラ
上映時間:105
公開:1月9日()よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開



レビュー

『ブンミおじさんの森』で一斉を風靡したアピチャッポン監督2006年製作の作品『世紀の光』が劇場公開される。日本ではフィルメックスや一部の映画祭等で上映されたのみで、公開が熱望されていた作品だ。同時に「アピチャポン・イン・ザ・ウッズ」と題したレトロスペクティブも開催される。

                  *

緑に囲まれた地方の病院でのエピソードが、後半部、近代的な大病院で変奏・反復されるという2部構成の映画だ。監督の実家はかつて小さな病院を営んでいて、その頃の記憶から生み出された作品だという。10年ぶりに観て思ったのは、その形式的な部分よりも、ユーモアに長けた美しい映画だな、という印象だ。

 この映画、タイのセンサーシップにひっかかり、タイ国内では公開されていない。その政治的な意味合いが一人歩きしてしまった感もあるが、特に政治批判を強調しているわけでもなく(もちろん意味深な国王夫婦の銅像等もちらりと出て来るが)、人間と病気についての1世紀を、地方と都市、過去と現代(未来?)という軸で、変わるものと普遍的なものを描いてるように見える。根底に流れているのは「諸行無常」かもしれない。

                  *

昨年末、ロンドンの「TIME OUT」紙がLGBTをテーマにした映画のベスト50を発表した。そこでアピチャッポン監督が挙げているベスト10が興味深い。1位は大島渚監督『戦場のメリークリスマス』、3位にツァイ・ミンリャン監督『河』、9位にポール・シュレイダー監督『MISHIMA』とあった。
 やはり、アピチャッポン監督は『ブンミおじさんの森』を作るにあたって、輪廻転生を描いた三島由紀夫の『豊饒の海』を参照している気配がある。そして大島渚監督作品も一通り目を通してるのかもしれない。4作目『トロピカル・マラディ』(04)を含め本作『世紀の光』の2部構成は、彼の専売特許というわけではなく、大島渚が『帰ってきたヨッパライ』(68)40年以上も前にやっていたことでもある。ただ、この作品はモーツアルト生誕250周年を記念して製作された作品で『魔笛』にインスパイアされた作品でもあり、同じ主題が変奏されるアイデアはこちらから来てるのかもしれない。ともかく、その実験精神と冒険心に溢れたスタイルは映画史から観ても興味がつきない。
                
現代美術界でも一目を置かれるアピチャポン監督だが、その類い稀な才能と作家性をいま一度、特集上映で再確認してみたい。3月には最新作『光りの墓』の公開が控え、今年は日本各地で大規模な個展の開催も予定されている。

★★★★


「アピチャッポン・イン・ザ・ウッズ」

20161月9日(土)〜2月5日(金)

『真昼の不思議な物体』『ブリスフリー・ユアーズ』『トロピカル・マラディ』『ブンミおじさんの森』の長編4作と中・短編を集めた「アートプログラム」が上映される。