2016年8月25日木曜日

クワイ河に虹をかけた男

アジア太平洋戦争下、旧日本軍が建設した泰緬鉄道ーー
「死の鉄道」の贖罪と和解に生涯を捧げた永瀬隆・20年の記録

 
2016年/日本

監督:満田康弘
製作・著作:KSB瀬戸内海放送
配給:きろくびと
上映時間:119分
公開:2016年8月27日(土)、ポレポレ東中野ほかロードショー

●ストーリー
 1942年7月、旧日本軍はタイとビルマを結ぶ泰緬鉄道の建設に着手した。建設工事には英、豪など連合軍捕虜6万人余りと25万人以上の東アジア労務者を動員。10年はかかると言われた415㎞のルートをわずか1年3ヶ月余で完成させた。だが、食糧・医薬品不足の中での過酷な長時間労働、拷問、伝染病の蔓延などによって、犠牲者は捕虜約1万3千人、労務者数万人に及んだ。
 永瀬隆、陸軍通訳としてタイ側の拠点カンチャナブリに従軍した。戦後まもなく連合軍が派遣した墓地捜索隊に同行し、その時に悲劇の全容を知る。その経験が、彼を犠牲者の慰霊へと駆り立て、1964年から妻と二人三脚の巡礼を開始した。カメラは、1994年の82回目の旅から永瀬の活動を追う。贖罪と慰霊、和解、そして数々の支援など、たった一人で戦後処理を続けた永瀬隆が、135回の最後の旅の果てに見たものとは・・。

●レビュー

 冒頭、元陸軍通訳だった永瀬隆さんは、待ち合わせていた元イギリス軍の兵士と対面する。頭を下げ、ただただ謝罪の言葉を伝える永瀬さんに日本軍の捕虜だった元兵士は「あなたは握手できるただひとりの日本人」といって手を差し伸べる。生涯で135回タイを訪問し、たったひとりで犠牲者を慰霊し、捕虜と軍関係者の和解事業を成功させるなどの活動を続けてきた永瀬さん。本作品は、永瀬さんと同じ岡山の地元放送記者満田康弘監督が、その晩年の20年間を追った渾身のドキュメンタリーである。

 なぜ、彼ひとりが謝罪しているのだろうか、最初のそのシーンから心が揺さぶられる。『戦場にかける橋』(1957)、最近では、『レイルウエイ 運命の旅路』(2013)で舞台となった泰緬鉄道。そこで行われた元捕虜やアジア人労務者に対する強制労働や拷問の実際は想像を絶するものだった。戦後も元捕虜たちに深い怨恨を残し、命を落とした労務者の遺骨が掘り起こされたまま供養されず、タイ山中で力尽き元日本兵も置き去りにされたたまま。映し出される事実は、私たちがあまりにも無知なこと、日本が戦後処理をことごとく無責任に放置してきた事実に衝撃を受ける。人としての尊厳があまりにも軽視されてきことへの堪え難い感情。永瀬さんの20年の活動を知るにつれ、永瀬さんを慰霊と巡礼の旅へと駆り立てていったものが少しずつ見えていくる。

 永瀬さんの活動は慰霊や和解だけに終わらない。復員する日本軍12万人全員にタイ政府が「米と砂糖」を支給してくれたという恩義に報いるため、タイの若者への奨学金事業を立ち上げ、タイの人々との深い絆も築き上げてきた。93歳で亡くなるまでの長い時間、様々な葛藤を抱えながらも自分の思いを貫いた人生の旅を続けた永瀬さん。戦後70年が経過した今だからこそと、私たちがひとりひとりがこうした記憶と記録を忘れることなく共有しなくてはならないと感じる。そうしたメッセージが深く心に届く作品だと思う。★★★★)