2015年11月18日水曜日

黄金のアデーレ 名画の帰還


Woman in Gold

クリムトの名画の返還をめぐる、実話に基づいた話



2015
監督:サイモン・カーティス(『マリリン 7日間の恋』)
出演:ヘレン・ミレン(『クイーン』『REDリターンズ』)、ライアン・レイノルズ(『デンジャラス・ラン』)、ダニエル・ブリュール(『天使が消えた街』)、ケイティ・ホームズ(『エイプリルの七面鳥』)
配給:ギャガ
公開:1127日より全国公開


●ストーリー

1998年のロサンゼルス。姉を亡くしたマリアは、オーストリア政府にナチスに没収された叔母の肖像画の返還を求めるよう、駆け出しの弁護士ランディに仕事を依頼する。戦前のウィーンでユダヤ人資産家の家に育ったマリアだが、ナチスの台頭により両親を残し、夫と共にアメリカに移住したのだ。“小さな仕事”と最初は気が乗らないランディだったが、その肖像画がクリムトの名画で評価額が1億ドル相当であることを知り、一転して引受けることに。しかし二人が向かったウィーンの審問会では、申請は却下されてしまう。ホロコースト記念碑の前でランディの心が動く。ランディもユダヤ人で、曾祖父母も収容所で殺されたのだ。帰国したランディは、アメリカで返還訴訟を起こすことを決める。

●レヴュー

戦後70年たったいまでも、第二次世界大戦でのユダヤ人問題を扱った映画がどんどん作られている。苦難を味わった人々が高齢化して亡くなって行くことあるが、戦争を知らずに美化する世代が出てきたこと、相変わらず世界は平和にならないことなどもあるだろう。本作は名画をめぐる訴訟映画でもあるが、「権利を剥奪された人々が、名誉と尊厳を回復するために闘う」映画でもある。

本作は実話の映画化だ。2006年、当時の市場最高値(約160億円)となる落札価格で、クリムトの『アデーレの肖像』が競り落とされた。このニュースは世界に配信されたが、その絵はオーストリアのベルベデーレ美術館に収まっていたものだった。それをアデーレの姪のマリアが返還を求めて裁判を起こして勝訴した結果、競売にかけられたのだ。返還を求めた時、マリアはすでに82歳。彼女は、お金が目当てで裁判を起こしたのだろうか。

マリアの母と、絵に描かれたアデーレは姉妹だった。この姉妹はブロッホ家の兄弟とそれぞれ結婚し、大きな宮殿風のアパートで暮らしていたという裕福なユダヤ人だった。そのサロンにはクリムトはもちろん、作曲家のマーラーや作家のシュニッツラーも出入りしていたという。しかしオーストリアがドイツに併合されると、資産は没収され、両親を残してマリアたちはアメリカに亡命する。ナチスに没収された美術品は、戦後も所有者に戻ることがないものも多かった。所有者がすでに殺されていたりしたからだ。このクリムトの絵も、戦後はオーストリアのベルベデーレ美術館に収まっていた。もちろん、マリアもそのことを知っていた。しかしそれまでの法では、アメリカ人となった自分が相続権を主張する裁判が出来なかった。そしてマリア自身も「過去を忘れたい」という気持ちがあり、行動に起こすこともなかったのだ。

そんな彼女が決心したのは、「ナチスのユダヤ人迫害」が風化しつつある世相を危惧してのことだった。姉が死に、このまま自分が死んでしまったら、もう伝える人はいなくなるのではないか。そして叔母のアデーレの肖像が、単なる美術品としてしか鑑賞されなくなるのではないかという思いもあったのだろう。映画は現代と過去の回想シーンを行き来し、1枚の絵に込められたある一家の愛情を映し出す。“忘れてしまう”ことさえしなければ、亡くなった人々も、人の心の中で生き続けることが出きるのだと。

嫌な過去を忘れようとする風潮はどの国も同じだが、決してそれを忘れられない人もいる。もともと目的があって描かれたのが肖像画だ。たとえば自分に思い出深い亡くなった親族の絵が、自分を含め残された遺族に敬意を持たれずに、「国の宝」として飾られていたらどうだろう。その思いを知れば、マリアにとってこの絵が単なる“観賞用の名画”ではないことがわかるだろう。(★★★)

●関連情報 

・ライアン・レイノルズ演じる弁護士のランディ・シェーンベルクの祖父で作曲家のアルノルト・シェーンベルクも、ウィーンに住んでいたユダヤ人。キリスト教徒だったが、ナチスの反ユダヤ政策に反対して、ユダヤ教に改宗。第二次世界大戦中に、アメリカに亡命した。無調音楽で有名だ。

・現在、この絵画「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像1」は、ニューヨークのノイエ・ギャラリーに展示されている。