2017年8月5日土曜日

リベリアの白い血

Out of My Hand

西アフリカ・リベリアからニューヨークへ。日本人監督が描く移民たちの物語。




2015年/アメリカ
監督:福永壮志
出演:ビショップ・ブレイ、デューク・マーフィー・デニス、ディヴィッド・ロバーツ、シェリー・モラド
配給:ニコニコフィルム
上映時間:88
公開:8/5(土)より アップリンク渋谷ほかにて公開
公式サイト:https://liberia-movie.com/


■ストーリー

リベリア共和国のゴム農園で働くシスコは、過酷な労働条件の元、家族を養っていた。仲間と労働環境の改善するために争議を企てるも失敗。そんな折、ニューヨーク在住の従弟からアメリカでの生活を聞き、単身アメリカ行きを決意する。
NYのリベリア人コミュニティーに身を置きながら、タクシードライバーとして働きだしたシスコは徐々に都会生活に順応していく。そんな矢先、元兵士ジェイコブと予期せぬ再会するのだった。それはシスコの忌々しい記憶を呼び覚ます出来事だった。

■レビュー

冒頭、リベリアの農村でゴムの樹液を採取する様子が克明に描かれる。木の幹に傷をつけ、道をつくり、樹液が流れていく。その繰り返し作業に、面白そうだ、やってみたい、と好奇心が湧く。だが、そんな思いも束の間、労働者たちは1日何百本というノルマをこなさなければならないと知らされると、どこかへ吹き飛んでしまう。

主人公シスコはどちらかというと無口だが、仲間の体調を気にかけたり、家族への思いやりがあり、とても信頼できそうな男だ。ニューヨークへ渡ってからの順応性も早く、タクシー運転手への転身のスムーズさといい、聡明な”できる男”という印象さえもつ。
そんな折、思わぬ男と再会する。元兵士仲間のジェイコブだ。近づくジェイコブにお前なんか知らない、とシスコは拒否する。ジェイコブはシスコがいかに”できる兵士”だったかほのめかす。”できる兵士”が意味することとは…? 

前半リベリアの農村、後半NYの移民たちの生活を実に淡々と描く。昨年公開されたスリランカ移民を描いた『ディーパンの闘い』ほど仕掛けも切迫感もないが、1人のリベリア移民の一挙手一投足が淡々と描かれる分、共感とともに、彼の持つ深い闇がじわりと伝わってくる。唖然とするラストだが、冷静すぎるシスコの態度が逆に彼が内戦時代に行ったこと、犯した罪を、われわれに想像させる。

冒頭から撮影がすばらしいと思って見ていたのだが、資料をみて愕然とした。カメラの村上涼は、この映画の撮影でマラリアに感染し、ニューヨークの自宅で33歳という若さで亡くなったという。冒頭のゴム農園のシーンは村上自身が撮ったドキュメンタリーに由来しており、この映画に大きなインスパイアを与えたという。その才能が惜しまれる。

カネコマサアキ(★★★)

■関連事項

リベリア共和国はアメリカで解放された黒人奴隷によって建国され、国名はラテン語のLiber(自由)に由来しているという。ルワンダ紛争やソマリア内戦ほどは知られてはいないが、80年代から2000年代に2度にわたる内戦が起きており、未だに人々はトラウマを抱えているようだ。

第65回ベルリン国際映画祭パノラマ部門正式上映
第21回ロサンゼルス映画祭最高賞受賞
題16回サンディエゴ・アジア映画祭新人監督賞受賞



2017年7月26日水曜日

ローサは密告された

フィリピン・マニラのスラム街。小さな雑貨店のを営むローサ夫婦は、麻薬の密売を密告され逮捕されてしまう。ローサ一家は、無法で腐敗した警察に立ち向かう。

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MA’ROSA
2016年/フィリピン

監督:ブリランテ・メンドーサ
脚本:トロイ・エスビリトゥ
出演:ジャクリン・ホセ、フリオ・ディアス、フィリックス・ロコ
配給:ビターズ・エンド
上映時間:110分
公開:2017年7月29日(土)、シアター イメージフォーラムほか全国順次ロードショー

●ストーリー  

 フィリピン・マニラ、スラム街の一角。ローサ(ジャクリン・ホセ)は夫ネストール(フリオ・ディアス)と小さな雑貨店を経営している。子どもは4人。生活は貧しく、店では少量の麻薬を扱い、それが一家の生活の支えになっていた。
 ある雨の晩、ローサ夫婦は、麻薬密売の罪で警察に逮捕されてしまう。連行された警察署は、密売人の密告要求、法外な保釈金の請求、暴力、横領と無法地帯そのものだ。4人の子どもは、両親の保釈のために懸命に奔走する‥。


●レビュー 

 5人に1人が貧困状態だと言われ、麻薬に関わる犯罪が絶えないフィリピンのスラム街。ロドリゴ・ドゥテルテ大統領の就任後の取り締まり強化で、麻薬に関わる者が大量に逮捕、超法規的な殺害も行われていることはニュースにもなっている。この物語は、そうしたスラム街を舞台に、麻薬を売っていた罪で警察に逮捕されたローサ夫婦とその釈放に奔走する子どもたちの姿、警察にはびこる腐敗が描かれている。

 主人公のローサは、夫とともに小さな雑貨店を営みながら、4人の子どもたちとスラム街の一角で暮らしている。生活にゆとりはなく、麻薬を仕入れて小分けして売っている。子どもたちも各々ギリギリの日々。
 まず、登場する人物や彼らの生活の様がとても自然なことに驚かされる。その後、麻薬の密売を密告され、夫婦は逮捕されるのだが、法外な保釈金の要求を横領、押収した麻薬を横流し、恐喝に暴力、連行され先の警察のにわかに信じられないような腐敗の有り様もまた、異様なほどのリアリティに満ちている。スラム街での撮影、夜もライトを使わず、手持ちカメラが俳優を捉えている。フィリピンのスラム街で起きた生活の断面を描き出すため、あえてドキュメンタリーのように撮影方法。さらに、撮影は時系列で進み、セリフは撮影現場で指示され、俳優たちはその場に応じて動いたという。出演者たちがそれぞれの役回りを自然と深めていったことがうかがえる。こうしたメンドーサ監督の手腕が、この作品への興味をよりいっそう深くしている。

 そして特筆すべきは、ローサを演じたジャクリン・ホセである。したたかに生きるスラム街の母親を見事に体現。カンヌ国際映画祭で高い評価を受け、主演女優賞を受賞している。視点は彼女に合わせられ、逮捕されてからの一晩の出来事が、彼女の目から見た形で語られるように編集されている。
 ローサの家族はごく普通の家族なのだろうが、生き残るためには何でもする、何でもしなければならない無法地帯にいる。ラストシーンのローサの視線が、倫理や道徳を踏み外ことが当然のようにある難しいフィリピン社会の現実を私たちに伝えてくれる。★★★☆)加賀美まき

第69回 カンヌ国際映画祭 主演女優賞(ジャクリン・ホセ)受賞
第89回 アカデミー賞 外国映画賞 フィリピン代表
第54回 ヒホン国際映画祭 監督賞(ブリランテ・メンドーサ)受賞

2017年6月9日金曜日

マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白

たった1年の出稼ぎのはずが騙されて中国の農村に売られてしまう‥。
二つの家族の間で揺れながら、貪欲に生き抜こうする一人の北朝鮮女性の記録。

有効にしてください。</div></div>
MRS.B.  A NORTH KOREAN WOMAN

2016年/韓国、フランス
監督:ユン・ジェホ
配給:33BLOCKS
上映時間:72分
公開:2017年6月10日(土)、シアター イメージフォーラムにてロードショー

●ストーリー

 北朝鮮女性B(ベー)は、十年前、家族のために一年間だけの出稼ぎで中国に渡るが、騙されて中国の貧しい農村へ嫁として売り飛ばされてしまう。憎むべき中国人の夫と義父母との生活を受け入れ、中国と北朝鮮の家族を養うため脱北ブローカーとなっていく。
 その後、北朝鮮に残してきた息子たちの将来を案じた彼女は、息子たちを韓国へ脱北させ、自らも過酷な脱北の旅へと出る。命からがら辿り着いた韓国で、彼女を待ち受けていたのは、苦しく辛い日々だったが‥ 

●レビュー

 北朝鮮のニュースを毎日のように触れる昨今。海を隔てた隣国でありながら、私たちはこの国のの本当の姿を知らないと思う。ここ数年、北朝鮮を捉えたドキュメンタリー映画がいくつか公開された。統制下での撮影からは、ごくわずかな断面しか伺い知ることはできないし、その国から決死の覚悟で脱北する人々が数多くいることは知っていても、その実際は私たちにはわからない。この作品は、脱北した名もなき北朝鮮出身の女性・ベーを記録したドキュメンタリーである。

 脱北者を扱った作品ということで、脱北の経緯やその様子を追ったものと思ったが、彼女の生き様は私たちの想像を超えていた。登場した北朝鮮出身のマダム・ベーは、中国の片田舎で貧しい農家の嫁となり、たくましく一家を支えていている。十年前、夫と二人の息子を残し出稼ぎのために中国に渡ったが、騙されて売られてきたのだという。そのようなケースは珍しくないらしい。中国人の夫と年老いた義父母との生活を余儀なくされる中、自らも脱北者を手助けするブローカーになっていく。両方の家族を養うための手段だったといい、自らの厳しい境遇を超えて生き抜く貪欲なたくましさに驚かされる。そのような生活の中、彼女は息子二人を韓国に脱北させ、自らもラオス、タイ経由の脱北ルートで韓国へ向かうことを決意する。彼らの将来を案じての決断。決死の道程。安定と平穏な暮らしを求めて突き進む彼女には、境遇、倫理感や心持ちを超えた人として強さが漲っている。

 そして韓国。脱北した夫も合流し、家族揃っての生活が映し出されるが、安定した職を得て働くマダム・ベーの表情には以前の力強さがなくなっていた。貧しさから抜け出してやってきた韓国で、家族は本当の意味での安寧を得ることができていないように見える。脱北者の韓国社会での実際を知る機会は少なく、彼らの置かれた境遇を知ることはとても興味深い。そして、中国の夫と連絡を取り合っているマダム・ベー。中国での生活は、愛情あるものではなかっただろうが、自然と誼が生まれていたようだ。第二の家族との間の心の揺れに彼女の生き様の残酷さを垣間見る。

 分断国家という現実。同じ民族でありながら二つの国は大きく乖離してしまっているように思える。たくましく生き方を模索し、懸命に幸せをつかもうとしている人間の強さと、そこに立ちはだかる現実を強く印象付けられるこのドキュメンタリー作品。マダム・ベーはさらに自分の手で何かをつかもうとするのか否か。生きる道を模索するマダム・ベーのような女性が他にもいるのだろう。★★★☆)加賀美まき

2016年 モスクワ国際映画祭 最優秀ドキュメンタリー映画賞 受賞
2016年 チューリッヒ国際映画祭 最優秀ドキュメンタリー映画賞 受賞
2016年 カンヌ国際映画祭 ACID 部門正式出品

2017年5月31日水曜日

光をくれた人

the light between oceans



孤島で暮らす灯台守の夫婦。妻は流産を繰り返していた。そこへ男の遺体と乳児をのせた一隻のボートが流れ着く。


2015年/アメリカ・オーストラリア・ニュージーランド
監督:デレク・シアンフランス(『ブルー・バレンタイン』)
出演:マイケル・ファスベンダー、アリシア・ヴィキャンデル、レイチェル・ワイズ
配給:ファントム・フィルム
上映時間:133
公開:5/26(金)より TOHOシネマズシャンテにて公開中
公式サイト:hikariwokuretahito.com

■ストーリー

1918年、トムは戦争の英雄として帰国するが、心に深い傷を負っていた。俗世から逃れるようにオーストラリア西部バルタジョウズ岬から160キロ離れたところにある孤島・ヤヌス島の灯台守の仕事に就く。バルタジョウズの村で知り合った女性イザベルと孤島で幸せな結婚生活を送っていたが、二度の流産が二人の人生に影を落とす。ある日、島に一隻のボートが流れ着く。そこには男の遺体とともに女児の赤ん坊が乗っていた。トムは通報をしようとするが、イザベルの懇願にほだされ、男の遺体を埋め、二人は女児にルーシーと名付け育てることにする。
4年後、娘の洗礼式のためバルタジョウズを訪れると、トムは一人の女が墓石の前で泣いているのを目撃する。彼女は4年前、夫と娘を海で亡くしたというハナという女性だった。


■レビュー

そういえば、乳児の誘拐事件というのを、最近は聞かなくなった。
昔はよくニュースになってた気がするし、ドラマや映画の題材でもよく扱われていた。たいていは「かわいかったから」とか「子供がほしかった」という女性の犯行で、「母性本能」のなせる犯罪、という認識があった。
しかし、最近の研究では「母性本能」というのは生来女性に備わっているものではなく、後天的な社会の刷り込み(教育)であることもわかってきている。日本には石女(うまずめ)なんて言葉もあったように、女性の出産・子育てプレッシャーは相当なものだったはずだ。時代は変わり、家族形態の多様性が認められるようになると、そのプレッシャーも随分緩くなり、乳児の誘拐事件も減ってきたのではないか、と想像する。

この映画の舞台も、第一次大戦後のオーストラリアという古い時代設定だ。
イザベルは2度も流産を経験し精神が不安定だった。偶然にも流れ着いたボートに乗っていた赤ん坊を見つけ、自分の子供として育てる。孤島という環境が、それが犯罪であるという意識を鈍らせる。一方、ハナは夫と産んだばかりの一人娘を失い、失意の中にあった。2人の女性の持つ苦しみの対比はもちろんだが、イザベルの夫・トムの良心の呵責が絶海の風景とともにじわりと伝わってくる。物語の背景にあるのは、戦争の禍根である。ハナの夫は敵国ドイツ人で、戦争で身内を亡くした人々に逆恨みにあい、娘を連れてボートで海へ逃れたのだった。社会がまだ自由からほど遠く、全体主義的な雰囲気を残していたと考えられる。

昨年話題になった西川和美監督の『永い言い訳』という邦画作品がある。この作品、根底には、子供のいない夫婦、子供のいる夫婦、どちらが幸せだろうか?というテーマを孕んでいるように思うが、これが時代を反映していて面白かった。かくいう自分には子どもはいないが、近くに甥姪がいて、一緒に暮らした時期もあり、子育てに関わったことがある。と、自分では思っているのだが、本作の感動的な余韻とともに思うのは、子供は社会で育てるもの、これにつきると思う。二つの映画は、子供のいる人ーいない人、持てる人ー持たざる人、という両者の溝を埋めてくれる、両者を思いやる内容にはなっているが、子育て奮闘中の人はこの映画を観る暇さえないのだろうな。

カネコマサアキ(★★★)

■関連事項

原作はM.L.ステッドマンのベストセラー『海を照らす光』。作品の舞台のヤーヌス・ロックという孤島はインド洋と南大洋がぶつかるところにある南極半島に付随する島として実在するようだが、映画では名前を拝借した架空の設定らしい。灯台がある風景が撮影されたのはキャンベル岬である。

2017年5月19日金曜日

オリーブの樹は呼んでいる


El Olivo


最愛の祖父のために、孫娘はオリーブの樹を取り戻す無鉄砲な旅に出る。

2016年/スペイン
監督:イシアル・ボジャイン
出演:アンナ・カスティーリョ、ハビエル・グラディエス、ペップ・アンブロス
配給: アット・エンタテイメント
上映時間:99
公開:  520()よりシネスイッチ銀座にて公開
公式サイト:http://olive-tree-jp.com

■ストーリー


アルマは養鶏所で働く勝ち気な20歳の女子だ。幼い頃から心を通わして来た最愛の祖父が日に日に衰弱して行くのを心配している。オリーブ農園を営んでいた祖父が誰とも口をきかなくなったのは数年前に遡る。彼が大切にしていた樹齢2000年のオリーブの巨木を息子(アルマの父親)が業者に売ってしまったからだ。最愛の祖父を救うためには、そのオリーブの樹を取り返すことしかないのでは?という考えに取り付かれたアルマは、叔父のアーティチョーク、同僚のラファを巻き込み、無謀な旅に出るのだった。



■レビュー


スペインはバレンシア州から、ドイツのデュッセルドルフへ。行き当たりばったりの無計画な旅である。
無計画なのは、バックパッカーの特権じゃないか?というかもしれないが、アルマの場合他人を巻き込んでる分だけ始末が悪い。こんな無鉄砲が許されるのは、本当に親しい仲か、身内だけだろう。同行の憂き目にあったのは叔父のアーティーチョーク、そして密かにアルマに想いをよせる同僚のラファだ。二人はさながらドン・キホーテの旅に寄り添うロシナンテとパンチョを思わせる。

祖父が大切にしていたオリーブの巨木はオリーブ油を取るための農園の中にあった。スペインのオリーブ油はイタリアと肩を並べるか、それ以上の生産量を誇るという。祖父の農園は安いオリーブ油に押され、売り上げが低迷していた。息子(アルマの父親)はそんなことやっていても儲からないと言って、自分の事業を展開する資金のために、祖父が大事にしていた樹齢2000年のオリーブの巨木を業者に売ってしまう。売られたオリーブの樹はどこへ行ったのか?

ニュースで何となく知っていたヨーロッパの経済地図・パーワーバランスがありありと見えてくる。やはりドイツがユーロ経済を牽引しているのだな。売られたオリーブの樹は、イメージアップのためにエコを標榜するドイツの企業が買い取っていたのだ。
ここで映画の背景を知るためにスペインの近年の政治状況を振り返ってみなければならない。1999年のユーロ導入によって、2000年代は不動産ブームに沸くが、(カスティーリャ県、カタルーニャ地方でオリーブの木の伐採がさかんに行われるようになった時期と重なる)2008年にリーマンショックに端を発した世界的な金融危機で不動産バブルが崩壊。(アルマの父親の事業の失敗がそれを表していそうだ)多額の不良債権を抱え、スペインは未だに不況と政治的混乱から脱せずにいる。失業率22%、アルマのような若者層は50%にのぼり、デモが頻繁に起こっているという不安定な状態だ。

流れる風景の中に意識を投じられるようなロードムービーではなく、どちらかというとアルマの無計画ぶりにイライラさせられるのだけど、それ故にか目当てのオリーブの樹に再会し、幼い頃の想い出がよみがえるシーンに胸が熱くなった。SNSを駆使した活動家の応援は、少々ご都合主義にも感じたが、現実は案外こんな風に広がって行くかもしれない。何か行動に移さなければ、何も始まらない。アルマのような無鉄砲な行動も、時には思いもよらない展開を生む、ということだろう。
ロードムービーと書いたが、本質は家族の再生の物語であり、スペインの未来、いや人類の未来への楽観が描かれている。

カネコマサアキ(★★★)


2017年ゴヤ賞新人女優賞受賞
2016年ブリュッセ映画祭観客賞受賞
2016年ラテンビート・フィルムフェスティバル観客賞・主演女優賞受賞



2017年4月17日月曜日

サラエヴォの銃声

Death in Sarajevo


欧州、そしてボスニアの過去と現在を85分間のドラマで語る意欲作
 



2014年/フランス、ボスニア・ヘルツェゴビナ
監督:ダニス・タノヴィッチ
出演:ジャック・ウェバー、スネジャナ・ヴィドヴィッチ、イズディン・バイロヴィッチ
配給:ビターズエンド
公開:3月25日より新宿シネマカリテにて上映中
公式URL:www.bitters.co.jp/tanovic/sarajevo.html


長編監督デビュー作『ノーマンズ・ランド』で、
いきなりアカデミー賞外国語映画賞を受賞した、
ボスニア出身の監督ダニス・タノヴィッチ
2月に日本公開された『汚れたミルク』はパキスタンを
舞台にしていたが、今回は故郷のボスニアが舞台。
1914年に起きたサラエヴォ事件と、
1990年代に起きたボスニア内戦の問題をクロスさせながら、
続く民族間の緊張、そしてヨーロッパとは何かを問う意欲作だ。

サラエヴォ事件から100年後の2014年。
その記念式典に出席するため、老舗のホテル
「ヨーロッパ」にVIPが到着する。
同じ頃、ホテルの屋上では、暗殺者プリンツィプについての番組の撮影が行われており、女性ジャーナリストがインタビューをしていた。そこへプリンツィプという名前の男が現れる。
ホテルの裏側では、従業員が給料の未払いに抗議するストライキを計画していたが、支配人はそれを阻止しようと画策する。
VIPは部屋に閉じこもり、演説の練習に余念がない。
さまざまな人々の思惑が交差し、
事態は予期せぬ方向へと進んでいく。

同じ国に住みながらお互いに殺しあう内戦を起こし、
今も近親憎悪にも近い憎しみを抱くという
ボシュニャク人、セルビア人、クロアチア人。
ひとつの国のこの三民族の争いはまた、
ヨーロッパ全体の象徴でもある

本作の舞台となるホテルの名前が「ヨーロッパ」であることからしても、それは明白だ。
そこには、さまざまな思惑で生きている人たちで構成されている。
負債に苦しむホテル。資金繰りに厳しい支配人は従業員たちのストを中止させようと、地下の怪しげなクラブの男たちに依頼する。
暗殺者と同じ名前の男はセルビア至上主義者であり、
過去の暗殺を正当化しようとするが、彼もまた行き場のない現実から
逃避するために、攻撃できる誰かを求めている

それでは何の解決にもならないという女性リポーター。
100年前も、30年前も、人々の社会への不満は変わらない。
ただはけ口を求めているだけなのだと。

映画と実際の事件が行われた場所は奇妙にシンクロし、
不思議な感覚を感じさせる。
たとえば事件に関してのインタビューが行われている
ホテルの屋上からは、サラエヴォ事件が起きたラテン橋が見え、
今にも背後で事件が起きるのではという
過去と現在が同居する感覚にとらわれる。
そして映画のロケが行われたホテル“ヨーロッパ”は、
あの“有名な”ホリディ・インだ。
サラエヴォが包囲された1990年代半ば、
ここに世界中からジャーナリストが集まり、
その模様が世界に報道された。
ボスニアの内戦を象徴する場所でもあるのだ。

そして、本作は映画内時間と実際の時間をシンクロさせている。
つまり映画の実時間の85分間に起きた出来事だけで、
ボスニアの歴史、ひいてはヨーロッパの抱える問題までを
一気に提示するのだ。

サスペンスも盛り込んでいるので、
退屈せずに興味は最後まで持続するはず。
ただし、鑑賞前に「サラエヴォ事件」「ボスニア内戦」が
どういうものであったかぐらいは、簡単に調べておこう。
第66回ベルリン映画祭で銀熊賞受賞
★★★☆

2017年3月31日金曜日

忘れな草

ドイツ中を優しい笑顔とあたたかい涙で包んだある家族のドキュメンタリー。


Vergis mein nicht (Forget me not)

2013年/ドイツ
監督・脚本:ダーヴィット・ジーヴェキング
配給:ノーム
上映時間:88分

公開:2017年4月15日(土)、渋谷ユーロスペース他、全国順次ロードショー

●ストーリー

 フランクフルト近郊の実家に帰ってきたダーヴィット。認知症になった母グレーテルの介護に疲れた父マルテを手伝うためだ。ダーヴィットは母の世話をしながら、母と家族が過ごす時間をカメラで記録していく。
 母の認知症の症状は少しずつ進んでいく。理性的だった母だが、ベットから起きようとしなかったりダーヴィットを夫だと思ったりと次第に変わっていってしまう。母の記憶が失われていく一方で、ダーヴィットは母の過去をたどり、知らなかった母の姿を知ることとなる…

●レビュー

 認知症を患い変わっていく母と母を介護する父、その二人と家族の姿を息子ダーヴィットがカメラに収めたこのドキュメンタリーは、家族の愛情を感じられる作品になっている。映像は、母グレーテルの記憶力が低下して、家の中のあちこちにメモが張られるようになったところから始まる。父のマルテは、大学退職後は数学者として研究を続けながら、海外旅行にも出かける生活を夢見ていた。けれども、認知症と診断された妻グレーテルの介護で、彼の人生は予想もしなかったものになってしまう。監督であるダーヴットは実家に戻り、父を助け母の介護を手伝うことにするのだが、母グレーテルは徐々に記憶を失い、さらに手がかかるようになっていく。

 年を重ねた普通の夫婦に見えたグレーテルとマルテだったが、普通とは少し違っていた。母グレーテルは大学で言語学を専攻。マルテと結婚後は政治に目覚め、夫婦で社会主義ドイツ学生連盟に参加。スイスに移った後は、左翼の活動家として当局からもマークされるほどの存在になっていた。また二人は、お互いに別な相手との恋愛を良しするような個人主義的な考えの夫婦だった。そのような人一倍理性的で自立した女性だったグレーテルが、記憶を失い自由奔放に振る舞う姿に家族の戸惑いも大きかったと思う。

 母グレーテルは記憶を失っていくが、反対にダーヴィットは母の過去を呼び起こしていく。生き様を辿り、父との関係を手繰ることで、母の心が今までの抑圧から解き放たれていたことに気づく。父のマルテも今まで見過ごしてきた妻の本当の心を知って、身勝手だった自分を省みる。この過程が、自然に映し出されていていい。この「気づき」は、家族の新しい出発となっていく。相手を理解し思いやるという気づきによって、家族に新しい関係が築かれいく。新しい関係により家族はよりいっそう深い愛情でつながり、穏やかな絆で結ばれていくようだ。介護の現実は厳しいものだと思うが、この家族の様子は自然で、時にユーモラスに家族を捉えた監督の目線が暖かい。家族愛の大切さは十分に伝わってくる作品だと思う。認知症の母とともに訪れるドイツ南部、スイス。その情景も美しく映し出されている。★★★☆)加賀美まき