2017年3月25日土曜日

汚れたミルク あるセールスマンの告発

Tigers
 


2014年
監督:ダニス・タノヴィッチ
出演:イムラン・ハシュミ、ギータンジャリ、ダニー・ヒューストン、カーリド・アブダッラー
配給:ビターズエンド
公開:3月4日より新宿シネマカリテほかにて上映中
公式HP
www.bitters.co.jp/tanovic/milk.html

今や、完全母乳で赤ちゃんを育てる家庭はそう多くはなく、
たいていの家庭なら粉ミルクを子供に飲ませた経験があるだろう。
日本ではだから「粉ミルク」が問題になるとは、誰も思わない。
しかし国や地域が変わればそうはいかない。
もし粉ミルクを溶かす水が、十分に殺菌されていない、
汚染されている水だったら?
生まれたばかりの赤ちゃんは、
まず“母乳”で免疫力をつけるといわれている。
そしてまだ免疫力があまりついていない赤ちゃんが、
雑菌で汚染された水で溶かされた粉ミルクで育てられたら?

結婚したばかりの薬の営業マンのアヤンは、
幸運にも多国籍企業のラスタ社への転職に成功する。
ラスタ社が製造する粉ミルクの営業担当になったアヤンは、
上司からの豊富な資金を利用して、
決定権のある医師や薬局にうまく取り入っていく。
1997年、順風満帆だったアヤンだが、粉ミルクの不適切な使用で
多くの乳児が命を落としていることを知り、ショックを受ける。
自分が良かれと思って売っていた粉ミルクによって、
結果的に子供達が死んでいたのだ。
アヤンは仕事を辞め、企業を告発しようとするが、
そこには多くの障害があった…。

この映画の監督は、ボスニアの内戦を描いた
『ノーマンズ・ランド』でアカデミー外国語映画賞を受賞した、
ボスニア出身のダニス・タノヴィッチ
そんな彼が本作で選んだ題材の場所は、
ヨーロッパではなくパキスタンで実際に起きた事件だった。

まず、誤解なきよう。粉ミルク自体が、
赤ちゃんに害を与えるものではない。
しかし問題は、水道をひねれば消毒された水が飲めるという
先進国では当たり前のことが、
途上国ではそうではないということを知りつつ、
感染のリスクを周知させることなく販売したということだ。
主人公である営業熱心なアヤンは、「そういうものだ」と
教えられ、病院や薬局で力ある人たちに付け届けを送る。
今は知らないが、日本でも前はまったく同じことをやっていた。
自分が扱っている薬を、
その薬局で取り扱ってもらえれば利益が大きい。
なのでとにかく足で通って、情やあるいは“贈り物”で、
その商品を扱ってもらうようにしていた。
ここでは医師がすすめる粉ミルクなので、
当然出産後の母親はそれを購入して使うようになる。
しかし加熱、沸騰した水ではなく、
またミネラルウォーターのボトル水でもない。
パキスタンに限らないが、
途上国の上水は飲料に適していないところがある。
また、地域によっては井戸水を使っているところもあるだろう。
大人が飲んでも、まあ大丈夫程度の水でも、赤ちゃんは違う

もちろん、その結果、赤ちゃんが死んでも
粉ミルク自体のせいではない。
ただ問題は、そうした事件が起こっているのを知りながら、
企業が何ら注意喚起をもとめることもせず、またそれを放置して製品を売り続けたこと
だ。
そして、それが裁判沙汰になっても、
「下の人間が勝手にやったことで、組織ぐるみではない」と、
責任を回避する。
しかしそれは企業倫理に照らしてどうなのか。
法さえ犯していなければ、子供が死のうが
それは“自己責任”として「関係ない」のか。

この映画にひねりがあるのは、この大企業(ネスレ)から、
名誉毀損で訴えられる可能性があり、
裁判でも負ける可能性があるので、
ドキュメンタリーや再現ドラマというわけでなく、
この事件を取材してテレビ番組を作ろうとするスタッフが、
主人公であるアヤンに話を聞くという体をとっている。
そこでアヤンの証言自体の真偽が問われることがあり、
企業と食い違いがあって
証明できないものは、そのまま見せている。
判断は観客に任せているのだ。

ドキュメンタリーの製作会議に、法的に問題ないか弁護士がつくのも、ちょっと驚いた。

当然ながら本作はパキスタンで撮影できず
(大企業と政府はつながっているので)、インドで撮影
製作にインド資本も入っており、インド人のイムラン・ハシュミが主人公を演じている。
★★★

タレンタイム〜優しい歌

talentime


故ヤスミン・アフマド監督の伝説的な映画がついに劇場公開。





2009年/マレーシア (マレー語・タミル語・英語・広東語・北京語)
監督:ヤスミン・アフマド
出演:パメラ・チョン、マヘシュ・ジュガル・キショール、ホハマド・シャフィー・ナスウィ、ハワード・ホン・カーホウ、アディバ・ノールほか
配給: ムヴィオラ
上映時間:120
公開:  325()より イメージ・フォーラムほか全国順次ロードショー
公式サイト:/http://www.moviola.jp/talentime/




■ストーリー

マレーシアのとある高校。アディバ先生の鶴の一声で音楽コンクールタレンタイム(マレーシア英語=Talent Time/才能の時間)が開催されることになった。ユーロアジアンの家系のピアノの得意な女子高生ムルー、歌もギターも上手いマレー系のハフィズ、ニ胡の得意な中華系のカーホウはオーディションを勝ち抜いて行く。ムルーはその過程でインド系のマヘシュと運命的に出会い恋に落ちるが、周囲から祝福されない。それぞれの生徒が様々な想いを抱きながら、いよいよ発表会の当日を迎える。


■レビュー

今から遡ること8年前、東京国際映画祭でこの映画が上映された時のことをよく覚えている。場内が明るくなって周りを見渡すと、老若男女ほとんどの人が涙をぬぐっていた。引き続いておこなわれたゲストを招いてのQ&Aは、その年の7月に急逝したヤスミン監督の追悼の会となり、この映画の音楽を担当したピート・テオが歌を捧げ、司会者や通訳者も泣きながらの進行となった。ゲストのホー・ユーハン監督(『Raindogs』)が進行役を慰めるという事態である。後にも先にも、映画祭でこんな光景は観た事がない。(ちなみに僕はこの作品を2009年度の執筆者が選ぶベストテンで3位にランキングさせている)

ヤスミン・アフマド監督は2003年に44歳で長編映画の世界にデビューし、マレー系少女オーキッドと中華系少年ジェイソンと恋を描いた『細い目』(04)が脚光を浴び、同じく東京国際映画祭最優秀アジア賞を受賞する。多民族国家ゆえ、マレー系・中華系・インド系と民族内で住み分けられたマレーシア映画が多い中、民族間のセンシティヴな部分を描いた作品は当時としては珍しかった。その後、日本では彼女の特集上映が組まれ、いわゆるオーキッド4部作『ラブン』(’03)『細い目』(’04)『グブラ』(’05)『ムクシン』(’06)、宗教と家族を描いた『ムアラフー改心』(’07)の長編作すべてが紹介され映画ファンの間で大評判となった。

すべての作品に通底するのは寛容の精神であろうか。どの作品も内容・映画技術ともに卓越して素晴らしく、心動かされるものばかりだった。しかし、周りの女子ファンが大熱狂する中、ひねくれ者の自分としては、素直に評価できず、少し距離をもって彼女の作品群を眺めていた。監督はマレー系に属しているし、マジョリティ側の立ち位置から中華系を都合良く描いてるだけじゃないか?単なる中華迷(ファン)なだけではないか?と批判めいた思いもあった。出演する中華系のハンサムな男に比して、マイノリティであるインド系のぞんざいな扱いも気になっていた。

そんな懐疑を見事に覆してくれたのがこの遺作となった『タレンタイム』という作品だった。おそらくマレーシアの国家表象を試みた映画で、監督にとって集大成的な意味を持って挑んだ作品にちがいない。ユーロアジアン、マレー系、中華系、インド(タミル)系の生徒たちが異なる家庭環境・背景をもちながら、互いを知り、認め合うという筋書きをもっている。そのドラマの中心に据えられたのが、ユーロアジアンの血筋をもつムルーという少女と、ハンディキャップのあるタミル系の少年マヘシュとの祝福されない恋である。ハンディキャップのあるマヘシュは音楽を奏でることができないので、舞台にすら上がれないという設定だ。タミル系の置かれた政治状況が暗に重ねられている。

マイノリティを中心に据える一方で、マジョリティのマレー系のハフィズは歌もギターも上手い恵まれた少年かと思いきや、母親は癌で余命幾ばくもない状態だったりする。また、ムルーの家のお手伝いさんメイリンは中華系だがイスラムを信仰する女性として描かれる。民族のレッテルは無化されて、個という存在がクローズアップされる。ヤスミン監督の常套テクニックだが、我々は悉く先入観を覆されるのだ。偏見を取り去って真実を観る。理解はそこから始まるのだ。

トランプ政権発足の年にようやく劇場公開という因果なタイミングだが、ヤスミン・アフマド監督の思想はこんな時代だからこそより輝きを増すはずだ。「分断」の時代の光となる作品になることだろう。

カネコマサアキ(★★★★☆)

関連事項

マレーシア・アカデミー賞/監督賞はじめ主要4部門受賞





2017年3月22日水曜日

ヨーヨー・マと旅するシルクロード

 The Music of Strangers
  
  伝統と革新。異文化から生まれる音楽が伝えるメッセージ




2015年/アメリカ
監督:モーガン・ネヴィル(『バックコーラスの歌姫たち』)
出演:ヨーヨー・マ、ウー・マン、ケイハン・カルホール、クリスティーナ・パト、キナン・アズメ
配給:コムストック・グループ
公開:3月4日よりBunkamura ル・シネマほかにて公開中
公式HP:yoyomasilkroad.com/


「クラシックには興味ないよ」という人でも見て欲しい。
邦題にはヨーヨー・マの名が入っているが、
これはクラシック音楽の映画ではない。
世界のどこにでもある(あった)音楽でもあるし、
もしかしたら私たちが生きている間に
無くなる音楽
かもしれない。

ヨーヨー・マの名前は、クラシックファンでなくとも
聞いたことがあるだろう。
中国系だがパリ生まれニューヨーク育ちという、
複雑なアイデンティティーを持ち、
世界的なチェロ奏者に上り詰めた。
そんな彼がクラシック一辺倒でなくなったのは、1980年代に
アフリカでブッシュマンの音楽に触れたことからだという。
それから他ジャンルの音楽を意識するようになり、
2000年に世界各地の音楽家を集めワークショップを行う。
そこから始まったのが、「シルクロードプロジェクト」だ。

多国籍多人数からなる楽団を率い、
ヨーヨー・マは世界を回るようになる。
本作は、その活動を映したドキュメンタリーだが、
ヨーヨー以外におもに4人のミュージシャンにも焦点が当てられる。
イラン出身のケマンチェ奏者ケイハン、
シリア出身のクラリネット奏者キナン、
スペインのガリシア出身のバクパイプ奏者クリスティーナ、
中国出身の琵琶奏者ウー
だ。
それぞれの音楽的なバックボーンと現在に至るまでの道のりが示されるが、決して楽な道ではなく、それが今も続いている人もいる。
故郷で音楽を禁止されたもの、故郷を戦争で失ったもの、
故郷では他ジャンルの音楽との混淆を快く思われないもの、
外国暮らしが長いので故郷ではよそ者として扱われるもの…。
彼らの音楽の背景には、自分が故郷で培った
アイデンティーがあり、物語がある。

そして演奏が始まれば、そうしたものが一体化して、
すばらしい演奏がくりひろげられる。


現在、世界中で他者に対する排他的な方向へ
向かう不穏な空気があるが、
つくづく音楽、あるいは芸術を目指すものは
それとは逆の方を向いているのだなあと思う。
音楽の対極にあるのが、「戦争」だとも。

監督は『バックコーラスの歌姫たち』の人で、
あのドキュメンタリーもすばらしかったが、
本作もそれに負けず踊らず、すばらしい出来に
仕上がっている。
おすすめです!
★★★☆

2017年2月19日日曜日

王様のためのホログラム

A Hologram for the King



2016年
監督:トム・ティクヴァ(『クラウド・アトラス』)
出演:トム・ハンクス(『ハドソン川の奇跡』)、アレクサンダー・ブラック、サリタ・チョウドリー(『カーマ・スートラ/愛の教科書』)、ベン・ウィショー(『007スペクター』)
配給:アンプラグド
公開:2月10日よりTOHOシネマズシャンテ、ほかにて
公式HP :hologram-movie.jp


トーキングヘッズがまた最近気になっている。
流行った1980年代は背伸びして聴いた音楽だが、
いま聴き直してみるとリズムの組み立て方が実にカッコよく、
ボーカルのデビッド・バーンの奇抜さに隠れて、
いままでそんなに気づいていなかったのかな。

なんでこんなことを書くかというと、
この『王様たちのホログラム』、いきなりその
トーキングヘッズの代表曲『ワンス・イン・ア・ライフタイム』
のPV風に始まるからだ。なので、
「もしあなたが、家や妻や財産をすべて失ったら?」という
歌詞をトム・ハンクス扮する主人公が歌う
冒頭のPV風画面で、いきなり掴まれた。
ハンクスが目をさますと、そこは飛行機の中。
彼の周囲は巡礼者たちの団体で、コーランを暗誦している。
ここはサウジアラビアに向かう飛行機の中だったのだ。

紆余曲折がありながらも、人生の中盤までは順調に行き、会社の重役にまでなった主人公アラン。
しかし中国の企業に技術提供をしたことで結局はマーケットを奪われ、家族も財産も失い、今は娘を大学に行かすために、雇われた会社の営業でサウジアラビアのジェッダに向かっている。
彼が売り込むのは、3Dホログラムのテレビ会議システムだ。
しかし砂漠の中の“新経済都市”はまだ建設中で、
与えられたオフィスもテント。
プレゼン相手の国王もいつやってくるのかわからない。
そんな中で四苦八苦するうちに、
アランは新しい目標を見つけていく。

見終わってみると、王様もホログラムも出てくるが、
仕事を成功させることがこの映画のテーマではないことに気づく。
人はいつだって迷うことがある
幸せというか平穏な時は、
これがずっとこのまま続いて終わるんだと漠然と思っている。
不満もあり退屈かもしれないが、
それを失うことなんか考えてない。
しかし、転機は自分の意思とは関係なく訪れる
主人公アランは自分の意思でサウジアラビアにきたわけではない。
しかし自分のことを、誰一人として知らないこの異国の地に来た時、おそらくいままで何十年も、周りに流されて生きてきた自分を振り返ってみたにちがいない。
いままで失敗だと思っていたことも、
次への成功のためのステップにすぎなかったことかもしれないし、
そもそも成功も失敗もそれほど大差ないのかと。

旅シネ的には、ふだん映画ではなかなか見ることができない、
サウジアラビアの風景が見られて興味深い。

いや、外国人スタッフはサウジロケができずに、
モロッコで撮影したようだが。途中で車が道を間違えて、
非ムスリム立ち入り禁止区域のメッカ市内に入ってしまう
ところでハラハラしてしまうのは、こちらが旅人だからか。

あと、トム・ハンクスの担当医となる女医に
『カーマ・スートラ/愛の教科書』のサリタ・チョウドリーが
扮しているのだが、久しぶりだなあ〜、おばさんになっちゃったなあと感慨深いものがあった。

名作というほどではないが、ところどころ自分にシンクロしたので、
何度か見たくなる作品かもしれない。
旅人としては、目が覚めて自分が今どこにいるんだっけ的な、
感じがリアル(笑)
★★★

2017年2月2日木曜日

ホームレス ニューヨークと寝た男

Homme Less

夢を追い続けるには代償が必要だ。しかし代償のために夢がない生活はありえない



 

2014年
監督:トーマス・ヴィルテンゾーン
出演:マーク・レイ
配給:ミモザフィルムズ
公開:2017年1月28日よりヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて公開中


■レビュー


夢を追い続けるってどういうことだろう? 
子供のころに読んだ「アリとキリギリス」を思い出した。
子供のころは、「遊んでばかりいると惨めになるよ。
まじめに働けば幸せになるよ」
という話だと思っていた。
大人になってみれば、童話だけあっていろいろに解釈ができる。
芸術家のように自分の好きなことをしている人間は後で後悔する。
個をなくして社会の歯車になれば、幸せな老後が待っているという、
全体主義のプロパガンダにも読める。ナチスとかスターリンとか。

最初に予告編をみれば、このドキュメンタリーの
アウトラインはわかるだろう。
カメラが追うマークは、デザイナーズスーツを着こなす
ロマンスグレーのナイスミドル(53歳)。
元モデルだけあってカッコいい。
職業はフリーランスのファッション写真家。
街で見かけたモデルの写真を撮り、雑誌に売り込んでいる。
役者としても登録していて、たまに映画のチョイ役に出演。
しかし彼に家はない。
数年前からビルの屋上で、寝袋にくるまって生活しているのだ。
荷物はスポーツジムのロッカー4つ分。ジムでシャワーを浴び、洗濯。
夜はカフェをハシゴし、パソコン仕事だ。

見た目はリッチそうで、人生の勝ち組にしか見えないマーク。
誰も彼がホームレスだとは思わないだろう。
私たちがイメージする“ホームレス”と違い、彼の1日は忙しい。
朝は公園のトイレで、パリッとスーツに着替えて身支度し、
街中やファッションショー、ビーチなどに撮影に行く。
夜は深夜まで、カフェで写真のチェックに余念がない。
ビルの屋上に戻って寝るのは、夜の2時だ。
その日課は忙しいフリーランサーと大して変わらない。
家がないことを除けば。

映画の前半は、そんな彼の日々をカメラが追う。
ちなみに監督・撮影はマークの過去のモデル友達だ。
予告編にあるように、忙しそうに行動しているマークを見て、
「これは“持たない”を選択した、ちょっとカッコイイ生き方?」
と納得しかけた頃に、マークの本音が出てくる。
彼だって、こんな生活がいいなんて思ってはいないのだ。
彼だって部屋があり、彼女がいる生活を望んでいる。
しかし、現在のファッションフォトグラファーだけでは、
とうていニューヨークのアパルトマンに部屋を借りるほど
の収入があるわけではない。
かといって、自分が親しんだファッション業界から離れる決意もつかない。

僕は、これは
「ニューヨークという金のかかる美女に惚れてしまい、
その生活を続けるために無理している男」

の話のようにも見えてしまった。
少数の者にしか振り向いてくれない、高みにいる女。それがニューヨークだ。
そして、先の「アリとキリギリス」の話も。
僕もマークとほぼ同じ歳だ。
だから人生も半分を過ぎると、果たせなかった“自分の夢”に対する折り合いをつけなくてはならないことはよくわかっている。
夏は終わり、秋もそろそろ終盤。この先には人生の冬が待っている。
アリさんのように蓄えがあるわけではない。
キリギリスを選んだ人生を後悔してるわけではない。
もう一度人生があっても、アリではなくキリギリスを選ぶだろう
たぶんキリギリスとして生きている人は、みなそうじゃないか。
ただし、成功したキリギリスになれなかったことが残念だけで。

マークはまだ夢を追っている。
そして「どうしたらいい」という彼の迷いは、
キリギリスの道を選んだ人たちの悩みでもあるのだ。
だから、このドキュメンタリーを見ても、アリを選んだ人たちとキリギリスを選んだ人たちでは、感じ方は全く違うだろうな。
★★★☆

2017年1月27日金曜日

海は燃えている イタリア最南端の小さな島

イタリア最南端に位置するランペドゥーサ島。地中海を渡ってくる難民の玄関口になっているその島の現実と島民の生活を捉えたドキュメンタリー。

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FUOCOAMMARE

2016年/イタリア、フランス

監督:ジャンフランコ・ロージ
配給:ビターズ・エンド
上映時間:114分
公開:2017年2月11日(土)、Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開

●ストーリー

 イタリア最南端の島、ランペドゥーサ島。12歳の少年サムエレは手作りのパチンコで友だちと遊び、漁師たちはいつものように海に出る。刺繍に励む老女がいて、地元ラジオDJが島民からのリクエスト曲を流す‥島の人々は平穏な毎日を生きている。
 しかし、この島にはもう一つの顔がある。アフリカや中東から命がけで地中海を渡る難民・移民たちの玄関口になっているのだ。島には巨大な無線施設があり、港には多くの救助艇が停泊している。ひとたび救難要請が出れば、海は無線が飛び交い、ヘリコプターが出動し緊迫した様相を見せる‥。 

●レヴュー

 イタリア最南端のランペドゥーサ島は、シチリア島から南西に220キロ、チュニジアの海岸からは113キロの位置にある。船が浮いて見える絶景で知られる美しい海に囲まれた、人口5500人の小さな島だが、そこは、年間5万人を超える難民が押し寄せてくる場所でもある。ジャンフランコ・ロージ監督は、実際にこの島に移り住み、TVやニュースの報道では見えてこない島の真の姿を伝えてくれる。

 難民が何万と押し寄せ、混乱する島、そんな連想していたにもかかわらず、映し出される島民の日常はごく平穏なものであることに驚かされる。世界でも大きく報道された、2013年の密航船の火災・転覆事故の後、難民は海上で救出されると古い港に上陸し、抑留センターに送られ、身分確認で振り分けられるようになる。難民は隔絶され、島民と交わることがなくなったのだ。島民の平らかな日々の暮らしは、無邪気な少年サムエルを通して映し出され、一方、隔絶された難民センターの内部、難民たちの姿や声から過酷な現状が伝わってくる。
 監督が映し出す島のふたつの世界。それは、平穏に暮らす人々のすぐそばに、普通の生活を送ることすらできない人々の現実があることを教えてくれている。そして、国の平和やありふれた日常を送れることがどれだけ尊いことなのか、私たちは想像することができるだろう。事情は異なるが、難民の受け入れを極端に少ない日本ではなおのことだ。

 そしてこの作品のもう一つの視点となるのが、島民と難民を繋ぐ唯一の人物で、島でたった一人のバルトロ医師。長年、島民の健康を診てきたと同時に、30年間、救助された移民・難民の上陸全てに立ち会い、検死の役割も担ってきた。難民問題は大きな国際問題なのだが、人道救護の現場は彼のような人々によって支えている。最後に映し出される救助の様子は壮絶で胸を突かれる。★★★☆)加賀美まき

第66回ベルリン国際映画祭 金熊症<グランプリ>

第89回アカデミー賞 外国語映画賞 イタリア代表

2017年1月25日水曜日

旅シネ執筆者が選ぶ 2016年度ベスト10(前原利行、カネコマサアキ、加賀美まき)


前原利行(旅行・映画ライター)

2016年に観た映画は、スクリーン、DVD、新作、旧作合わせて146本。2015年が234本なのでかなり減ったが、作品的にはいいものが多く、とくに邦画の充実ぶりは追いきれなかったほどで、僕にしては珍しく4本、そしてアニメは3本入っている。
昨年はアメリカ映画が10本中8本だったが、今回は3本に減ってしまったが、レベルは高かったと思う。

1.サウルの息子(ネメシュ・ラースロー監督/ハンガリー)

 もう映画を見ている間、試写室の中がアウシュビッツのように感じられて辛かった。もう二度と見たくないと思ったが、映画館に高校生の息子を連れて行った。こんな世界が二度と来て欲しくないと彼にも思って欲しかった。今どきないスタンダードサイズの画面の、気づかなかった表現方法。文句なしにすばらしい。

2.キャロル(トッド・ヘインズ監督/アメリカ、イギリス)

 1950年代のレズビアンの話のどこが今日的か。ところが、彼女たちの気持ちは現在の男でもよくわかる。どこをとっても映画的な(小説ともテレビとも違う)濃厚な時間が味わえる作品。

3.ズートピア(リッチ・ムーア、バイロン・ハワード、ジャレド・ブッシュ共同監督/アメリカ)

 ノーマークだったが評判がいいので劇場に行ったら、クオリティの高さに驚いた。脚本には無駄なシーンばかりでなく、無駄な台詞もない。つまり、すべてが意味あってセリフが配置されているすばらしさ。「偏見」をテーマにし、ステロタイプの見方をしていた自分の中の偏見が途中で見事に覆される。すみませんでした。

4.シン・ゴジラ(庵野秀明、樋口真嗣監督/日本)
 映画を観出してもう途中から面白くて面白くて。ゴジラの東京破壊シーンは、SFの破壊シーンで久しぶりに呆然としてしまった。「ポスト3.11映画」としてもすばらしい。

5.AMY エイミー(アシフ・カパディア監督/イギリス、アメリカ)
 もう、映画を観ていて、「何とかならなかったのか〜」という気持ちでいっぱいになる。悪い大人が子どもをダメにする。生きていりゃ、この先いいこともあったかもしれないのにと。すぐCD買った。

6.ヒメアノ〜ル(吉田恵輔監督/日本)
 映画中盤のタイトルの出方、絶品。映画を観ていてものすごーく、嫌〜な気持ちになった。最初はあんなホノボノだったのに、森田演じる森田くんの底知れぬ闇の深さ。V6とか知らなかったので、完全にこういう人だと思って見てしまった(くらいうまい)。

7.ザ・ウォーク(ロバート・ゼメキス監督/アメリカ)

 ラストシーンで、なぜこの映画が“いま”なのか納得する。世界は変わってしまったのだ。あと、初めてひざがガクガクした3D映画。3Dの奥行き感をこれほどうまく出して映画はないのでは。日本でヒットせずに残念。

8.みかんの丘(ザザ・ウルシャゼ監督/エストニア、ジョージア)

 アブハジアに住むエストニア人の老人、グルジア人、チェチェン人らが登場し、戦争の無意味さを説教臭くなく、寓話とリアルを交えて語る。手塚治虫の短編漫画を読んでいるようなヒューマニズムにグッときた。

9.この世界の片隅に(片渕須直監督/日本)
10.君の名は。(新海誠監督/日本)

 世の中、この2本が比べられて、『この世界の片隅に』を褒めるのがツウ、『君の名は。』はヒットしたからダサい的な、書き込みが目につくが、僕はどちらもいい作品だと思う。それに目指しているものも、表現の仕方も違うんだし、両映画の製作に関わった人たちは、困惑しているのではないか。どちらもいいので、どちらも見ればいいと思う(『君の名は。』は作劇的に突っ込みたいところはあるが、大きな欠点にはなっていない)。

ベストテンには漏れたけれど、
作り手の意気込みが伝わってきて好きな他の作品は以下の通り。
『レヴェナント蘇えりし者』、『キャプテン・アメリカ/シビル・ウォー』、『ハドソン川の奇跡』、『マジカル・ガール』、『スティーブ・ジョブズ』
 で、逆に、「手を抜かないでもっとちゃんと作れよ!」と思った志が低いワースト作品は『ミュータントニンジャタートルズ影』、『ペット』、『スノーホワイト』、『X-MENアポカリプス』、『ジェイソン・ボーン』。つまんないというより、舐めるなって感じ。  



■カネコマサアキ(マンガ家、イラストレーター)

.痛ましき謎への子守唄(ラヴ・ディアス監督/フィリピン)
フィリピン建国の呪われた歴史を8時間超(!)という長尺で描くベルリン銀熊賞受賞作品。ホセ・リサール処刑後の独立革命派の権力闘争をリサールが著した小説の登場人物たちと交錯させるという試み。モノクロ映像、哀愁あるギターの音色、リサール辞世の詩を朗読するシーンが感動的だ。東京国際映画祭にて。ヴェネチア金獅子賞を獲った『The woman who left』が今年劇場公開予定。

.シン・ゴジラ(庵野秀明監督/日本)
あのゴジラが311〜原発事故のパロディになっていて、ぶったまげた。岡本喜八へのオマージュあったり、ゴジラがポケモンみたいに進化したり…。その重層性、批評性、徹底的な取材による作り込みにも驚かされた。岡本喜八も、大島渚もこれ観たら嫉妬するだろう。


.彼方から(ロレンソ・ビガス監督/ベネズエラ)
父親の愛情を受けられずトラウマを抱えた歯科技工士の中年男と不良少年が売買春で出会い、不器用に付き合って行く様子をベネズエラ・カラカスの街の喧騒の中に描く。愛し愛されることの躊躇いや屈折した愛情表現が何ともリアル。また、被写体深度の浅い画像が独特で“窃視”の感覚がグロテスクに伝わってくる。ヴェネツィア金獅子賞も納得。レインボー・リール映画祭にて。

4.光の墓(アピチャッポン・ウィラーセタクン監督/タイ)

5.ミスター・ノー・プロブレム(梅峰メイ・フォン監督/中国)
民国時代の重慶で農場管理を任される男は、地主と労働者のどちらにもいい顔をするため、経営は火の車。そこへ高等遊民の青年、新たな管理主任が訪れ改革をしようとするが…。過去を描いているが、現在の中国を見事に風刺しているところに文学的力量を感じる。モノクロの映像も素晴しかった。東京国際映画祭審査員特別賞。

6.彷徨える河(シーロ・ゲーラ監督/コロンビア)
同時期に五十嵐大介の漫画『海獣の子供』を読んだせいもあって、メッセージが心に響いた。先住民含め人類がかつて持っていた自然や宇宙に対しての知識がどれくらい失われてしまったのか案ずる。


7.ティクン〜世界の修復(アヴィシャイ・シヴァン監督/イスラエル)
真面目なユダヤ超正統派の神学生の青年が、ある日昏睡状態となり、人が変わったように夜の街を徘徊する。超正統派の生活を揶揄するようなアイロニーに満ちた作品だが、性に目覚めた青年の青春モノとしてみると結構切ないものがある。こちらも全編モノクロ映像で、特に霧のシーンの描写が素晴しかった。フィルメックス・イスラエル映画特集にて。

8. よみがえりの樹(張撼依チャン・ハンイ監督/中国)
陜西省の山間部。父と息子が林で薪を拾っていると、亡き妻の魂が息子に乗り移る。かつて住んでいた家(窰洞)の敷地に立つ結婚記念の樹を移植したいと彼女は願う。家族と土地の記憶を巡る切ない怪異譚。アピチャポン映画に肉薄しそうな内容で、画も映画技法も凝っていた。

9. 12人姉妹(リー・ブン・イム監督/カンボジア 1968年作)
戦火で失われたと思われていた作品だが、アメリカでタイ語版が発見され日本で修復された。カラフルで奇想天外な貴種流離譚に心酔する。地割れとか空駆ける馬とか情感ある特殊撮影も見事。恵比寿映像祭にて。
.
10. 大親父と、小親父と、その他の話(ファン・ダン・ジー監督/ベトナム)
写真学科の学生がクラブを経営する男とダンサーの女とつるんでいるが…。ほろ苦い青春モノかと思いきや、かなりアート志向で独特。ジェンダー、市場経済、人口制御のための精管切除など、社会の葛藤が94年のサイゴンを舞台に語られる。ベトナムのニュー・ウェイブもいい塩梅だ。大阪アジアン映画祭にて。


次点(入れ替え可能作品)
マンダレーへの道(ミディ・ジー監督/ミャンマー)
見習い(ブー・ジュンフェン監督/シンガポール)
裸足の季節(ドゥニズ・ガムゼ・エルグヴァン監督/トルコ)
暗殺(チェ・ドンフン/韓国)
師父(徐浩峰シュウ・ハイホン監督/中国)
最愛の子(ピーター・チャン監督/香港・中国)
山河ノスタルジー(賈樟柯ジャ・ジャンクー監督/中国)
ラサへの歩き方(張楊監督/中国・チベット)
ディーパンの闘い(ジャック・オーディアール監督/フランス・スリランカ)
ふきげんな過去(前田司郎監督/日本)
ヤクザと憲法(土方宏司監督/日本)
キャロル(トッド・ヘインズ監督/アメリカ)

去年は大阪アジアン映画祭、オリヴェイラ監督追悼特集、キアロスタミ監督追悼特集、東京国際映画祭、フィルメックスなどに通ったが、けっこうな数の邦画・ハリウッド系の話題作を観そびれてしまった。それでも日本映画が息を吹き返し、何か地殻変動が起きていることは伝わってくる。また、拙ベスト10のうちの4本がモノクロ映画で、その味わい深さも再認識した年だった。次点を12本も書いてしまったが、どれも入れ替え可能で、本当に甲乙つけがたい作品ばかり。(というか、こちらが表向きベスト10と言うべきか?)劇場公開されない(される予定がない)映画にも素晴しい映画があり、その存在を知らしむべく、いつものポリシーで書かせていただいた。


◾︎加賀美まき(造形エデュケーター) 
2016年の韓国映画はも昨年同様、残念ながら以前のような勢いを感じることができませんでした。その中では、ソン・ガンホ主演の「弁護人」がダントツで見応えがありました。ベスト5を選び、他 2作品は順不同です。

●韓国映画

1.「弁護人」 (ヤン・ウソク監督/韓国)
 実力派俳優ソン・ガンホ主演。ノ・ムヒョン元大統領をモデルに、地方の青年弁護士が冤罪事件の解決 に奔走し、人権派の弁護士として成長していく姿を描く。軍事政権下の1980年代当時の韓国の社会状況を知る作品。ソン・ガンホの上手さが光り、「未生」のイム・シワン、脇役のクァク・ドウォンも好演。

2.「暗殺」(チェ・ドンフン監督/韓国)
 日本統治下の韓国が舞台の本国大ヒット作品。親日派暗殺計画に様々な人物が絡み、目の離せない展開が続く。チョン・ジヒョン、イ・ジョンジェ、ハ・ジョンウ共演。日韓の歴史を知る機会になる作品。

3.「インサイダーズ 内部者たち」(ウ・ミンホ監督/韓国)
 イ・ビョンホン主演。チョ・スンウ、ペク・ユンシク共演で、腐敗した巨大権力をめぐる3人の男たちが仕掛け合、欲望渦まくサスペンスアクション。韓国映画のエグさが際立つ一作。

4.「あなた、その川を渡らないで」(チン・モヨン監督/韓国)
 韓国でもヒットしたドキュメンタリー作品。結婚76年目の老夫婦のささやか生活と、お互いを労わり愛情を分かち合う姿を描く秀作。海外の映画祭で多くの賞を受賞。

5.「華麗なるリベンジ」(イ・イルヒョン監督/韓国)
 無実の罪で収監された検事とイケメン詐欺師が手を組むというリベンジもの。ここ数年波に乗るファン・ジョンミンと今や中堅となったカン・ドンウォンのW主演で、二人の持ち味が生きたエンタメ作品。

●その他 順不同
・「プリースト 悪魔を葬る者」(チャン・ジェヒョン監督/韓国)
 悪魔払いを描いたオカルトサスペンス作品。キム・ユンソク、カン・ドンウォン共演。
・「ビューティー・インサイド」(ペク監督/韓国)
 目覚めるたびに老若男女に姿が変わる男性が主人公。斬新な設定のラブストーリー。

●韓国映画以外で印象深かった作品
彷徨える河(シーロ・ゲーラ監督/コロンビア、ベネズエラ、アルゼンチン)
最愛の子(ピーター・チャン監督/中国、香港)
クワイ河に虹をかけた男(満田康弘監督/日本)